コラム

井ノ原快彦アイランド社長も難色を示していた「NGリスト」...配布の強行と失敗はとても「日本的」だった

2023年10月18日(水)16時40分

しかし、ジャニーズ事務所が明示的にNGは駄目だと言っていたにもかかわらず、コンサル側がクライアントの意に反してNGリストの運用を強行することがあるのだろうか。いったい何があったのか。

FTIは1982年にアメリカで設立され、証拠の収集解析など「フォレンジック」と呼ばれる訴訟支援業務を行う会社だった。


96年にニューヨーク証券取引所に上場した後、豊富な資金を元に世界中でM&Aを行い、不正調査に限らず、金融・経営戦略からIT・広報に至る多くの部門を抱える巨大コンサルティング企業に成長。現在の従業員数は7800人、世界84都市に拠点を構え、2022年の売上額は30億ドル(約4500億円)に達している。

FTIは06年7月、香港のリスク管理アドバイザリー企業「インターナショナルリスク」を買収することでアジア・日本進出を果たした。

こういった経緯から、FTI日本法人の業務は、私がディレクターとして在籍していたグローバルリスク&インベスティゲーション部門が主であり、グローバル企業に対するリスク助言や不正調査(デューデリジェンス)を行っていた。

そのFTI日本法人に最近加わったのが、PR会社ボックスグローバル・ジャパンの代表取締役社長だった野尻明裕氏である。

報道によると、ボックス社は今年6月の段階で弁護士を通じてジャニーズ事務所から会見運営業務を受託しており、8月29日の林眞琴前検事総長率いる再発防止特別チームによる会見も手がけたという。

野尻氏が6月末にボックス社を退社しFTIに移籍した後も案件が継続されたのは、コンサル業界特有の属人性ゆえであり、ジャニーズ案件はいわば「移籍の手土産」として持ち込まれた側面もあるだろう。

しかしボックス社と異なり、FTI日本法人はメディア対応の経験が豊富というわけではない。実際、「指名」を誤植した写真付き「氏名NGリスト」を記者会見当日に作成し、コンビニでコピー、LINEで共有するほど、その運営は稚拙だった。

なるほどFTI本社には戦略的コミュニケーションという強力な広報部門がある。しかし野尻氏の指示を受け、会見実務を取り仕切った日本法人の実働部隊の人員・実力などリソースは十分でなかった。

その齟齬が業務監督上の油断を生み、NGリスト問題を招いた可能性が高い。よもやNGリストが表面化するという、ささやかに見えて重大な失敗が生じるとは、野尻氏自身も想定していなかっただろう。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、インドをWTO提訴 太陽光備品やIT製品巡り

ワールド

ウクライナ軍、東部シベルスクから撤退 要衝掌握に向

ワールド

グレタさん、ロンドンで一時拘束 親パレスチナ支援デ

ビジネス

ワーナー買収戦、パラマウントの新提案は不十分と主要
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story