コラム

ウクライナ戦争の負傷者を、日本の技術と善意で救え! 「人力車イス」への現地の期待

2022年06月18日(土)18時32分

キーウに迫るロシア軍の爆撃や砲撃が激しくなり、研究所からわずか約1キロメートル離れた場所にも砲弾が落ちた。ロシア軍侵攻前日の2月23日に2人に造血幹細胞移植を実施していたため、翌24日に地下に移して治療を続けた。緊急治療を行う部屋の窓に土嚢を積み上げ、防空壕にした。地下の防空壕で治療は続けられた。

ロシア軍の攻撃で負傷者が国立がん研究所にも次々と運び込まれてきた。シプコ所長以下、医師や看護師は研究所にとどまり、通常の診療に加え、救急医療にも対応した。ロシア軍はシリアで病院を徹底的に破壊した。このため研究所では避難訓練を毎日のように行った。研究所内には緊急時に使う手作りの担架が今も用意されている。

「緊急時だからこそ医療を止めるわけにはいかない」

シプコ所長は「緊急時だからこそ医療サービスの提供を止めるわけにはいかなかった」と語る。侵攻開始から約2カ月の間、シプコ所長は研究所の7号室に泊まり込んだ。研究所内の1室の壁には白色の防護スーツとガスマスクが掛けられていた。「ロシア軍が化学兵器を使う恐れがある。ウクライナ政府はガスマスクを備えるよう強く勧告している」と説明した。

220618kmr_uwc04.JPG

壁にかけられた白色の防護スーツとガスマスク(筆者撮影)

国立がん研究所にはロシア軍侵攻後、銃撃や爆撃で負傷した兵士や市民を治療する救急施設が設けられた。キーウ近郊までロシア軍が侵攻してきた4月初めまで目の回るような忙しさだったという。早速、救急施設の車イス1台に手渡されたばかりの「JINRIKI QUICK」が取り付けられた。救急医療の担当者は「本当に簡単に患者を移動できる」と笑顔を浮かべた。

実はこの研究所は1986年4月に起きたチェルノブイリ原発事故で放射線を大量に浴びた消防隊員115人の治療に当たり、骨髄移植で全員の命を救った。敷地内に2棟を増設する予定だったが、ロシア軍の侵攻で政府資金がストップし、国際社会からの寄付がなければ計画は頓挫してしまうという。

220618kmr_uwc05.JPG

シプコ所長とクリアチョク教授(左、筆者撮影)

チェルノブイリ事故が起きた時、シプコ所長はまだ医師になっていなかったが、血液学を専門にするイリーナ・クリアチョク教授は「赤十字の仲介で同僚や子供たちとともに日本に招かれ、2カ月間、血液のがんをどう治療するか勉強した。多くの知識や手順を学び、大変役立った。今回も日本から車イスの補助具が届けられ、とても感激している」と話した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ安全保障に欧州主導の平和維持部隊 10カ

ビジネス

米ボストン連銀総裁、FRB利下げ支持も「ぎりぎりの

ビジネス

米NY連銀総裁「FRBは今後の対応態勢整う」、来年

ビジネス

カナダCPI、11月は2.2%上昇で横ばい コアイ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 6
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    「職場での閲覧には注意」一糸まとわぬ姿で鼠蹊部(…
  • 9
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 10
    世界の武器ビジネスが過去最高に、日本は増・中国減─…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story