コラム

「黄色ベスト運動」がマクロン仏大統領に残した遅すぎた教訓 1%の富裕層より庶民に寄り添わなければ真の改革は進まない

2018年12月17日(月)10時34分

マクロン大統領は昨年4月の大統領選第1回投票で24%の支持しか得ていない。国民戦線のマリーヌ・ルペン党首に21.3%まで追い上げられた厳しい現実を忘れてしまったのか。

現在のフランスの状況は1978~79年にストが吹き荒れた英国の「不満の冬」に似ている。資本主義というより社会主義の呪縛に囚われた英国は競争力を失い、失業とインフレに苛まれていた。英国初の女性首相になったマーガレット・サッチャーは大胆な構造改革に着手した。

サッチャーは庶民生活に精通していた

炭鉱労組は当時、政権を揺るがすほどの力を持っていた。サッチャーは騎馬警官隊を投入して労組を切り崩し、赤字を垂れ流し続けていた炭鉱を閉鎖に追い込んだ。競争原理を導入して起業を促し、社会保障負担の増加、勤労意欲低下といった「英国病」を克服した。

英国経済は製造業を捨て、金融をはじめサービス産業に大きく舵を切り、見事に甦った。その一方で炭鉱夫や家族が塗炭の苦しみを味わった旧炭鉱街の悲哀は今も生々しく刻まれている。

サッチャーが痛みを伴う構造改革に成功したのは冷戦終結でグローバルな経済統合が始まるという歴史的な追い風もあった。しかし、サッチャーが食糧雑貨商の家に生まれ、庶民生活に精通していたことも大きい。

サッチャーの公式伝記作家で英紙デーリー・テレグラフの元編集長チャールズ・ムーア氏は「彼女は首相になってからも庶民の生活に直結する牛乳とパン、卵の値段を忘れることはなかった」と振り返る。

サッチャーが「庶民の宰相」だったからこそ、有権者は大嫌いな彼女に自分たちの未来を託し、かなり苦い良薬を渋々、口にしたのだ。

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精彩を欠くマクロン大統領(12月13日、EU首脳会議で筆者撮影)

一方、マクロン大統領は庶民の生活に直結する燃料税を今年に続き、来年もさらに引き上げる方針を表明し、庶民の怒りを爆発させた。

「電気自動車を買えばいい」という彼の発言は最後の絶対君主ルイ16世の王妃マリー・アントワネットの「パンがなければお菓子を食べればいい」という言葉に比せられている。

エリート養成教育機関グランゼコール卒で、ロスチャイルド銀行出身のマクロン大統領は連帯富裕税の廃止で「我々ではなく、1%の富裕層の代弁者」であることを有権者に強く印象づけた。

初手に失敗したマクロン大統領が有権者の信頼を取り戻すのはもはや不可能と言って良いかもしれない。そして時代はサッチャーが主導したネオリベラリズム(新自由主義)への不満が爆発し、反資本主義、反グローバリゼーションの強烈な逆風が吹きつけているのだ。


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プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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