コラム

日本は2度めのニクソン・ショック(米中正常化)を警戒せよ

2017年02月02日(木)18時15分

日本は為替を円安に誘導してきた、というトランプの発言を伝える昨日のテレビ番組 Kim Kyung-Hoon-REUTERS

<今は中国と日本の両方を非難しているトランプだが、貿易や南シナ海や台湾問題を全部絡めた「グランド・バーゲン」で、いつ中国と手打ちをするかわからない。攻めの外交が必要だ>

「中国がやっていることを見ろ。日本が何年もやってきたことを見よ。奴らは為替市場を操作している。通貨が安くなるように誘導している。我らは飾り人形のようにただ座っていただけだ」――イスラム教徒が多数派の7カ国の国民と難民の入国を制限する大統領令に署名し、世界を揺るがしているドナルド・トランプ大統領が1月31日、米製薬会社首脳との会合で中国と日本を名指しして批判した。

トランプが新設した国家通商会議トップのピーター・ナバロ氏も英紙フィナンシャル・タイムズに対し「ドイツは大幅に過小評価された『暗黙のドイツマルク』を使って欧州連合(EU)加盟国と米国から搾取し続けている」とまくし立てた。標的にされたドイツのアンゲラ・メルケル首相は即座に「ドイツは欧州中央銀行(ECB)の独立を求めてきた」と言い返した。

「貿易赤字=失業」のトランプ

アベノミクスによる日銀の異次元緩和でデフレ脱却を進めてきた安倍晋三首相も2月1日の衆院予算委員会で「2%の物価安定目標を達するために適切な金融政策を日銀に委ねている。円安誘導との批判は当たらない」と反論した。トランプノミクス期待によるドル高を修正する狙いがあるとは言え、トランプによる貿易戦争の狼煙に中国だけでなく、日本やドイツも身構えた。

kimura20170202135201.jpg
(出所)米商務省国際貿易局データをもとに筆者作成

トランプの考え方は単純明快だ。米商務省国際貿易局データをもとに作成した米国の財の貿易赤字(2015年)のグラフを見ると、米国が貿易赤字を出している中国やメキシコ、日本、ドイツを目の敵にしているのが一目瞭然だ。貿易赤字が米国の富や仕事を奪っているとトランプは短絡的に結びつけている。

1980年代に激化した日米貿易摩擦の交渉を担当した元外務審議官で日本総合研究所国際戦略研究所の田中均理事長は31日、ロンドンでの講演で「当時は日本と米国の間を行ったり来たりして一睡もせずに交渉に当たった」と振り返った。「トランプ氏にとって大事なのは一にもニにも貿易だ。米中関係のスタートラインである『一つの中国』政策でさえもトランプ氏には取引(ディール)の対象であるかのようだ」と解説した。

80年代、日本は米国のガイアツ(外圧)を利用して市場を開放し競争力の強化につなげたが、米国経済を追い越そうかという中国は日本と違い、米国が45%関税を発動すれば黙ってはいないだろう。しかし、その一方で「理念より取引」を優先するトランプが中国との間で経済・外交・安全保障を包括的に決着させる「グランド・バーゲン」に応じる可能性は無視できないと田中氏は言う。

グランド・バーゲンの中身は定かではないが、貿易不均衡の是正、東シナ海・南シナ海の海洋安全保障、「一つの中国」政策の確認など米中間に横たわる問題を一括して決着させる合意のことを指しているようだ。

すべてはトランプ自伝のタイトル通り「ジ・アート・オブ・ディール(取引という芸術)」というわけだ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ブタペスト、米・ロ・ウ3者会談の開催地か ホワイト

ワールド

首都ワシントン州兵派遣、共和党6州が1100人 ト

ワールド

米政権、インテル株取得検討を確認 出資は「経営安定

ワールド

プーチン氏が「取引望まない可能性も」とトランプ氏、
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル」を建設中の国は?
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 6
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 7
    時速600キロ、中国の超高速リニアが直面する課題「ト…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 10
    「吐きそうになった...」高速列車で前席のカップルが…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 7
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story