コラム

密航拠点の難民キャンプ「ジャングル」を撤去しても根本問題は解決しない

2016年10月27日(木)15時38分

kimuraeikoku.jpg
英国を目指そうというジャングルの落書き Masato Kimura

 命知らずの難民は高速道路の大型トレーラーや港のコンテナに潜り込んだり、国際高速鉄道ユーロスターのトンネルに侵入したりしてドーバー海峡越えを敢行する。目的地の英国は、フランスに比べて英語が通じ、現地の難民ネットワーク経由で仕事を見つけやすい。

 高速道路やユーロスター施設の周りには侵入を防止するため二重三重の有刺鉄線付きフェンスが高く張り巡らされている。タブロイド紙は、あたかも英国が難民に侵略されるかのように1面写真付きで恐怖と不安を煽り続けてきた。

 英国の人気女性シンガー、リリー・アレンさん(31)がジャングルを訪れ、バーミンガムにいる父を頼りにアフガニスタンから6カ月間歩いてきたという13歳の少年と会った。少年は3カ月間もジャングルに足止めされていた。

 リリーさんは「こんな状況に追い込んで、英国に代わって謝罪します」と涙を落とした。これに対し英国の世論は厳しかった。「お前に英国を代表して語る権利はない。自己中心的で嫌悪を覚える」「難民はルールに基づいて扱われるべきだ」とネットで大炎上した。少年は英国への渡航が認められ、父との再会を果たした。

 ジャングルの難民支援団体「カレー・ソリダリティ」の男性ボランティアは「英国がEU離脱を選択しても何も起きなかった。イタリアやスペインは景気が良くない。他に比べて難民申請が認められやすいカレーを目指して難民がやって来る」と語った。

 イタリア人の女性ボランティア、マリアムさんは「昨年以降、自由を求めてカレーで37人が亡くなった」と下を向いて1枚の紙を差し出した。ドーバー海峡を越えようとして不運にも命を落としたり、「ジャングル」の周辺で車にはねられたりした難民の名前が記されていた。

【参考記事】英仏海峡の高速鉄道、屋根に難民!で緊急停止

仏極右も「出ていけ」と攻撃

 マリアムさんは「ジャングルが象徴する問題を解決するには国境を開放するしかない。英国、フランス両政府の難民政策が事態を悪化させている」と言った。英国のEU離脱決定を受け、フランス側からも強硬意見が飛び出すようになった。

 地元カレー市のブシャール市長は「カレーは英国の人質にされた。英国国境はカレーから海峡を越えて英国側に移されるべきだ。私たちは英国の仕事を引き受けるためにカレーにいるのではない」と批判した。フランス大統領選の有力候補ジュペ元首相も「フランスは国境をそもそもあったところに戻すべきだ」と声を上げた。

【参考記事】英仏がドーバー海峡で難民の押し付け合い

 支持率を上げる国民戦線のマリーヌ・ルペン党首を意識した強硬発言だ。しかしオランド大統領は人気取りの誘惑を振り払い、難民をフランス各地の宿泊施設で受け入れてジャングルを閉鎖する道を選んだ。ジャングルの生活環境は女性や子供には過酷だった。

kimurashokuji.jpg

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米地上軍のウクライナ派遣を否定 空軍通

ビジネス

訂正(19日配信記事)-グーグル、小型原発の建設地

ビジネス

米国株式市場=ナスダック・S&P下落、ジャクソンホ

ワールド

米・ハンガリー首脳、ロ・ウクライナ会談の候補地にブ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル」を建設中の国は?
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    時速600キロ、中国の超高速リニアが直面する課題「ト…
  • 10
    「吐きそうになった...」高速列車で前席のカップルが…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 7
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story