コラム

密航拠点の難民キャンプ「ジャングル」を撤去しても根本問題は解決しない

2016年10月27日(木)15時38分

閉鎖された仏カレーの難民キャンプからよそへ移送される難民たち Pascal Rossignol-REUTERS

<イギリスに渡る希望を胸に押し寄せた難民数千人が身を寄せ、時にはイギリス行きのトラックや高速鉄道に飛び乗ろうとしたフランス側の国境の町カレーの難民キャンプが撤去された。フランスもイギリスも受け入れたがらなかった難民たちは、とりあえずフランス各地の宿泊施設に移送されるが、その先の見通しはまったく立たない>

 英タブロイド紙が「ドーバー海峡を越えて難民が押し寄せる」と執拗にネガティブキャンペーンを繰り返してきたフランス北部の港湾都市カレーにある難民キャンプが撤去された。10月24日から3日間にわたった難民移送と撤去作業は、テントに火が放たれて黒煙が上がったものの、想像していた以上に穏やかに進められた。

 地元当局は難民計4404人をフランス各地450カ所にある宿泊施設に移すとともに、孤児1200人を近くの施設に保護した。民間支援団体は孤児約100人が取り残されていると指摘しているが、催涙弾や放水銃が使用されることもなく、警官隊と難民が衝突する場面もなかった。

ジャングルと呼ばれる難民キャンプ

 テントに火が放たれたのは難民の間に伝わる習わしだという。フランスのオランド大統領も強硬策が難民とホスト国の間にくさびを打ち込みたいテロリストを喜ばせるだけだということを学び、賢明なソフトアプローチに転換したようだ。

kimurananmin.jpg
EUの難民1次申請者 Masato Kimura 作成

 シリア内戦の激化で未曾有の難民が欧州に押し寄せ、昨年8月から1年間に、ドイツの67万8005人を筆頭にスウェーデンでは13万6580人が、フランスでも7万7605人が難民認定の1次申請を行った。「ジャングル」と呼ばれるカレーのキャンプには隙あらば、英国への密入国を試みる難民が滞留している。

 今年8月、そのジャングルを訪れた。野営テントが文字通り、ジャングルのように密集している。衛生状態も良くなく、すえた臭いが漂う。今年になって6千人から4500人に減っていた難民の数が一気に1万人近くまで激増した。

kimurajungle-2.jpg
仏カレーの難民キャンプ「ジャングル」 Masato Kimura

イギリス行きの甘い期待

 英国が欧州連合(EU)から離脱すれば、海峡を渡る前に仏カレー側で行っていた国境管理の手続きは英国ドーバー側に移される――と、EU残留派のキャメロン首相(当時)が国民投票のキャンペーンで散々、脅しの手口に使ったことが背景にある。

 03年に英仏間で結ばれたル・テュケ条約に基づき、難民はこれまでカレー側に留め置かれていた。しかしフランスが条約を撤回すればとにかく英国側に渡れるという噂が一気に広がった。ジャングルの入り口には警官隊がバスを止め、監視に立っていた。

 高速道路のすぐそばにあった南半分の掘っ立て小屋やテントは今年2月以降、強制撤去され、難民の多くは新設された白いコンテナ宿泊施設に移された。コンテナ宿泊施設の区画に入るには出入り口の指紋認証システムを通らなければならない。過激派組織ISなどがジャングルに潜入するのを防ぐためだ。

kimurajungle-1.jpg
撤去される前のジャングル Masato Kimura

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

英米が420億ドルのテック協定、エヌビディア・MS

ビジネス

「EUは経済成長で世界に遅れ」 ドラギ氏が一段の行

ビジネス

独エンジニアリング生産、来年は小幅回復の予想=業界

ワールド

シンガポール非石油輸出、8月は前年比-11.3% 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 9
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story