コラム

ヘリコプターマネー論の前に、戦後日本のハイパーインフレを思い出せ

2016年07月26日(火)16時02分

Toru Hanai-REUTERS

<制御不能なインフレと表裏一体、禁じ手である「ヘリマネ」の議論が盛り上がっているが、実は日本は過去に1度、ハイパーインフレに近い状態に陥ったことがある。当時との共通点・相違点を、過去の教訓として知っておくべきだ>

 このところ、ヘリコプターマネーに関する議論が盛り上がりを見せている。ヘリマネは制御不能なインフレと表裏一体であり、一般的には禁じ手とされている。デフレ傾向からなかなか脱却できない今の日本においては、そう簡単にインフレにはならないとの見方もあるが、どの程度、マネーを溢れさせるとインフレになるのかは、実のところ誰にも分からない。

 ちなみに日本は過去1度だけ、ハイパーインフレに近い状態に陥ったことがある。当時と今とでは状況は異なるが、過去の教訓として知っておく必要があるだろう。

そもそも「ヘリマネ」って何?

 本題に入る前に、そもそもヘリコプターマネーとは何なのか少し整理しておきたい。キーワードばかりが飛び交い、イメージだけが一人歩きする状況になっているからだ。

 ヘリマネとは、あたかもヘリコプターからお金をばらまくように、中央銀行が大量の貨幣を市中に供給する政策のことを指す。ヘリマネの厳密な定義は曖昧だが、一般的には、中央銀行が対価を必要としない形でマネーを際限なく供給する政策と理解されている。

 現在の量的緩和策は、将来、買い入れた国債を市場に放出し、日銀のバランスシートを元の状態に戻すことが大前提となっている(これを出口戦略と呼ぶ)。また、政府は発行した国債に対して金利を支払う義務があるので、対価ゼロでお金を調達できているわけではない。しかしヘリマネの場合、政府は限りなく対価がゼロの状態、もしくは完全に対価ゼロでお金を調達することになる。

 ヘリマネの具体的なスキームとしては、政府が元本や利子の支払いを必要としない債券(無利子永久債)などを発行し、これを日銀が引き受けるといった形が想定されている。もう少し広い意味では、日銀が、直接国債を引き受ける措置のことをヘリマネと呼ぶこともある。この場合には、利子が発生することになるが、際限なく中央銀行が国債を引き受けるという点では、対価は限りなくゼロに近づくことになる。

 従来の量的緩和策では、消費者や市場参加者は、近い将来、日銀が出口戦略に転換することを前提に行動している。しかし、ヘリマネの場合には、その見込みがなくなるので、多くの人が将来、確実にインフレになると予測するようになる。現金を保有している人は、積極的に株や外貨、不動産に転換するはずだ。これによって物価目標を一気に達成しようというのがこの政策の狙いである。

【参考記事】消費増税の再延期で高まる日本経済「本当の」リスク

日本の政務債務は太平洋戦争末期と同水準

 多くの人が徐々に現金を手放していけば、理想通りマイルドなインフレとなるが、そうなる保証はない。将来のインフレ期待が行き過ぎ、通貨の信認が低下すると判断されれば、それは制御できないインフレにつながってくる。ヘリマネに懐疑的な立場の人のほとんどは、この制御できないインフレを懸念している。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

マツダ、関税打撃で4━9月期452億円の最終赤字 

ビジネス

ドイツ輸出、9月は予想以上に増加 対米輸出が6カ月

ワールド

中国10月輸出、予想に反して-1.1% 関税重しで

ビジネス

FRB、近くバランスシート拡大も 流動性対応で=N
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 6
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 9
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 10
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 8
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story