コラム

EUを離脱した英国は「ノルウェー化」か「中国蜜月」を目指す?

2016年06月27日(月)16時17分

 EUとの関わり方については、主に、貿易、法制度、予算、通貨という4つの視点で考えることができる。フランスやドイツ、イタリアといったユーロ圏の国は、これらについて、すべてEUの統一ルールを適用している。ユーロ圏の国々では、言語が違うことを除けば、ほぼ同じ国であるかのようにビジネスや生活ができる。しかし、英国はもともと独自通貨ポンドを維持しており、EUに加盟しつつも、一定の距離を置いてきた。

 一方、EUに加盟していなくても、実質的にEUメンバーとして振る舞っているノルウェーのような国もある。ノルウェーは、EU各国との自由な貿易を保証し、EUの法制度を受け入れ、おまけにEUの予算まで一部負担している。ここまで来ると独自の通貨クローネを持っているだけで、事実上、EU加盟国といっても過言ではない。

 もっともEUとノルウェーとの協定に移民の制限はない。英国は移民問題をどう解決するのかという難題を抱えているが、理屈の上では、英国がノルウェーと似たような協定を結ぶことも不可能ではない。交渉次第では、実質的に今と何も変わらない関係を構築できるかもしれないのだ。

英国が完全離脱の場合、カギを握るのは中国

 仮にEUとの間でこうした協定が結べない場合、英国は独自の路線を歩むことになる。そうなった場合、英国経済のカギを握るのは意外なことに中国かもしれない。

 独立派の中には、移民問題を重視するなどイデオロギー色の強い人もいるが、ジョンソン前ロンドン市長のようにキャメロン首相の盟友と呼ばれた政治家も含まれている。

 彼等は何の根拠もなく英国が独立してやっていけると主張しているわけではない。独立派はあまり積極的に口にしてはいないが、彼等の頭の中では、すでに中国マネーの取り込みが大前提になっているのだ。

 昨年、中国の習近平国家主席は英国を訪問したが、エリザベス女王は習氏に黄金の馬車を差し向け、バッキンガム宮殿の晩餐会に招くなど、最大限の歓待を行った。このとき両国は、中国本土と香港以外では初めてとなる人民元建ての国債をロンドンで発行することについて合意している。もし英国が独自路線を強めた場合には、英国はロンドン市場を人民元のオフショア市場として本格的に展開する可能性が高い。

【参考記事】ダライ・ラマ効果を払拭した英中「黄金」の朝貢外交

 IMF(国際通貨基金)は英中首脳会談とほぼ同じタイミングで、人民元のSDR(特別引き出し権)採用を決定しているのだが、最大の課題は人民元の流通が少ないという点である。もし英国が本格的に人民元のオフショア市場に乗り出すことになれば、流動性の問題を解決できる見通しが立ってくる。

 英国とEUの交渉がスムーズに進めば、経済的には今とあまり変わらない結果に落ち着くことになるだろう。一方、英国がEUと距離を置くことになれば、英国は中国を取り組む形であらたな金融ハブになる可能性が出てくる。いずれにせよ、数年かけての変化であり、日本としては冷静に状況を見守ればよい。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB、利下げの必要性でコンセンサス高まる=伊中銀

ビジネス

G7、ロシア凍結資産活用は首脳会議で判断 中国の過

ワールド

アングル:熱波から命を守る「最高酷暑責任者」、世界

ワールド

アングル:ロシア人数万人がトルコ脱出、背景に政策見
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 3

    アウディーイウカ近郊の「地雷原」に突っ込んだロシア装甲車2台...同時に地雷を踏んだ瞬間をウクライナが公開

  • 4

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 5

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 6

    なぜ? 大胆なマタニティルックを次々披露するヘイリ…

  • 7

    批判浴びる「女子バスケ界の新星」を激励...ケイトリ…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 10

    これ以上の「動員」は無理か...プーチン大統領、「現…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 6

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 7

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 10

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story