コラム

エルドアンはユーラシアに蘇る現代のスルタンか

2022年12月23日(金)10時40分

トルコは2023年に総選挙と大統領を選出する国民投票が実施される Umit Bektas-REUTERS

<落ち目のロシアを尻目に、かつてのオスマン帝国の栄光を取り戻すかのように中東、コーカサス、中央アジアでトルコが存在感を高める>

遮るもののない広大なユーラシアでは古来、さまざまな帝国が興亡を繰り広げてきた。ペルシャ、モンゴル、オスマン、そしてソ連。「帝国」の心は他人の領域に攻め込んで、囲い込むことにある。戦争で縄張りを奪われた日本は、米主導の秩序の中で「自由貿易」の旗を掲げて市場を確保してきたが、いつまで持つか。

その点でいま注目するべきは、落ち目のロシアの縄張りに食い込み始めたトルコ。そしてこの上げ潮の国を率いる不倒のリーダー、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領ではあるまいか。彼は「汎テュルク主義」を掲げて、コーカサス、そして中央アジアの囲い込みを狙う。

2003年に首相に選ばれ、権力を握ったエルドアンは以来20年弱、14年に大統領に転じつつも、常に実権を握るリーダーとして君臨。1922年にオスマン帝国が崩壊して以降、西欧に依存してきたトルコの存在感、そして発言権を大きく高めた。

親西側の牙城だった軍の幹部を粛清

03年以来、トルコはロシア、中央アジアにまで手を広げる強力な建設業、そして地道に強化してきた自動車・電機生産でGDPを実に約3倍にした。この勢いを背景に、エルドアンは強気の外交を展開する。当初はそのイスラム色を隠してEU加盟を試みるも、西側がトルコへの「差別」をやめないとみるや、路線を転換。中東、コーカサス、中央アジア諸国への影響力拡大へと乗り出す。

そして、国内ではイスラム色を前面に出して大衆の支持を固め、親西側路線の牙城だった軍の幹部たちを、クーデターを計画したとして粛清。軍を使いやすいものにした。トルコ軍はNATOの欧州加盟国の中で断トツの兵力を誇る。シリア、イラクに越境攻撃してクルド人と戦っているが米欧はこれを止めかねている。

今、ユーラシアは紛争のオンパレードだ。ウクライナ戦争は言うに及ばず、アゼルバイジャンとアルメニア、キルギスとタジキスタンの領土紛争が同時進行。その全てにエルドアンの影がちらつく。ウクライナから穀物が安全に搬出されているのはエルドアンの口利きによるものだし――ロシアもトルコの言うことを聞かないと、ボスポラス海峡の通航を邪魔されると危惧している――軍事力を支えられているが故に、アゼルバイジャンもトルコの言うことは聞く。

そしてロシアのウクライナ侵攻に怯えたカザフスタン、キルギスは最近ロシアと距離を取り、トルコに接近。エルドアンはこの半年、中央アジア諸国に頻繁に飛んでいる。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、ガリウムやゲルマニウムの対米輸出禁止措置を停

ワールド

米主要空港で数千便が遅延、欠航増加 政府閉鎖の影響

ビジネス

中国10月PPI下落縮小、CPI上昇に転換 デフレ

ワールド

南アG20サミット、「米政府関係者出席せず」 トラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 2
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 3
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった...「ジャンクフードは食べてもよい」
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 9
    「豊尻」施術を無資格で行っていた「お尻レディ」に1…
  • 10
    「爆発の瞬間、炎の中に消えた」...UPS機墜落映像が…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 8
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 9
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 10
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story