コラム

日米安保をトランプが破棄しない理由──日米にとって安保は「お得」な条約だ

2019年07月08日(月)19時15分

トランプの狙いは大統領選での再選(6月28日、大阪G20で) KEVIN LAMARQUE-REUTERS

<「不公平な日米安保条約は破棄してもいい」発言は衝撃的だったが、2つの事実を冷静に心得えておくべきだ>

トランプ米大統領はちゃぶ台返しで有名だ。破棄した条約はTPP(環太平洋経済連携協定)から中距離核戦力(INF)全廃条約まで数多い。だから彼が最近、「日米安保は不公平。アメリカは日本を守るのに日本はアメリカを守らない。こんな条約は破棄してもいい」と言った、との報道は大きな波紋を呼んだ。「すわ、対米従属から脱出する好機」という勇ましい者から、アメリカに捨てられたと思って心配する者まで、日本での反応はさまざま。左翼から右翼まで入り乱れて収拾のつかないことになる前に、以下の事実を冷静に心得ておくべきだ。

まず1つ。まだ安保条約破棄をうんぬんするような事態には全く至っていない。日米安保はアメリカにとっても実は大変有意義なのだ。日本の基地があるから、米軍の艦隊は西太平洋からペルシャ湾までの広い海域で活動できる。横須賀基地を使えなければ、アメリカの空母は点検・修理のために遠路、アメリカ西海岸の基地まで帰らないといけない。しかも日本は年間約2000億円もの「思いやり予算」で米軍の駐留を助けている。だからトランプ自身、破棄は考えていないと付言している。

日本にとっても、日米安保は非常に「お得」。いくつかの基地を提供し、思いやり予算を付けることで、世界最強の米軍を後ろ盾(抑止力)として保持できる。石油の輸送路も安泰だ。

もう1つ、日本は経済でアメリカ市場への依存性が強いため──対米貿易黒字の約620億ドルがないと、日本は約360億ドルの貿易赤字になってしまう(17年)──安保面での日本の選択肢も限られてくる。つまり日本が「自分は中立だから」と言って、アメリカによる某国への制裁に加わらないと、自分自身が制裁を食らってアメリカ市場を閉じられたり、ドル決済ができないようにされ、経済的存立の道を閉ざされてしまう。

大統領選への「お土産」

ではどうすべきか。トランプの言動はほぼ全て、大統領選挙で再選されることを目的としている。つまり日本を脅しつけて「何か」日本から獲得したことを、選挙民に示したい。それも、大統領選挙が本格化する前、年内くらいには欲しいだろう。

であれば、あまり正面から考え込まず「何か目立つ」成果を日本の役にも立つ形で作ってやればいい。安保面では「日本を守るために作戦中の米軍を自衛隊は守る」こと、つまり集団的自衛権を日本が行使することをアメリカにもっと明確に伝える。

14年の閣議決定でこの点は可能になったのだが、さまざまな但し書きが付いているため、アメリカはどういうときに自衛隊に守ってもらえるのか分かるまい。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍がガザで発砲、少なくとも6人死亡

ビジネス

日銀、ETFの売却開始へ信託銀を公募 11月に入札

ワールド

ロシア、元石油王らを刑事捜査 「テロ組織」創設容疑

ビジネス

独ZEW景気期待指数、10月は上昇 市場予想下回る
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 10
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story