コラム

パレスチナ人を見殺しにするアラブ諸国 歴史が示す次の展開は...

2018年05月23日(水)17時38分

中東は「踊り場」を過ぎ、また次の危機に向かう

今回のエルサレム危機を巡っては、アラブ主要国のサウジやエジプトがパレスチナを牽制しつつ動いている様子がうかがわれる。

アラブ民衆の思いとしては、エルサレム問題はイスラム教の聖地の問題であり、アラブの大義を担うべきエジプトやイスラム世界の盟主を自認するサウジアラビアこそ、米大使館のエルサレム移転に反対すべきだというものだろう。しかし、アラブ世界のメディアはいずれも強権の下で統制され、アラブ各国ではエルサレム問題に抗議する平和的なデモも厳しく規制されている。

英国に拠点を置く著名なアラブ人ジャーナリスト、アブデル・バーリ・アトワン氏は、自らが主宰するアラビア語ニュースサイト「ラーイ・アルヨウム」の5月19日付のコラムで、米大使館のエルサレム移転やガザでの流血に対するアラブ諸国の反応について、「緊急アラブ首脳会議を開こうとせず、イスラエルと外交関係を結んでいるエジプトやヨルダンも自国の駐イスラエル大使を召還することもない」と対応の弱さを批判している。

このままエルサレムをめぐる緊張が続き、アラブ諸国が現状追認の動きを続ければどうなるか。

アラブ民衆の間にアラブの為政者に対する怒りや不満が募り、「反米・反イスラエル」勢力がパレスチナの怒りを担う形で、新たな中東危機を引き起こすという、これまで繰り返されてきたパターンになりかねない。ちなみに現在の「反米・反イスラエル」勢力は、①イラン、②アルカイダや「イスラム国」(IS)などイスラム過激派、③「アラブの春」を支えたアラブ世界の若者たち――である。

このコラムでは、トランプ政権が始まった2017年1月の年頭に「展望後編」として「トランプの『大使館移転』が新たな中東危機を呼ぶ?」という記事を書いた。「展望前編」では「2017年は中東ニュースが減る『踊り場の年』に」と予測した。

11年の「アラブの春」で始まった中東危機が、17年の「イスラム国」掃討によって表面的に終息するが、それは階段の途中にある「踊り場」のようなもので、そこを過ぎれば、また次の危機に向かって進む、という意味である。

今回の米大使館のエルサレム移転によって、中東は「踊り場」を過ぎ、また次の危機に向かって動き始めたということだろう。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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