コラム

2017年は中東ニュースが減る「踊り場の年」に【展望・前編】

2017年01月17日(火)20時07分

2016年後半、「中東大変動」を力で抑え込む動きが始まる

 2016年後半にはイラクではISの主要拠点であるモスルでの掃討作戦が始まり、シリアではアサド政権軍によるアレッポの制圧があった。この2つの軍事作戦は「アラブの春」によって始まった「中東大変動」を力で抑え込む動きである。モスル制圧は時間がかかっているが、2017年中にISの主力はモスル主要部から排除されることになろう。ISの"西の首都"であるシリア側のラッカに対する米軍の支援を受けたクルド勢力の攻勢も始まった。

 ISはイラクでもシリアでも、軍事的、政治的に追い込まれることになろう。しかし、それはISの終わりとはならない。イラクとシリアでISが生まれ、肥大化したのは、スンニ派勢力やスンニ派部族が権力から排除され、抑圧されているためである。ISを軍事的にたたくばかりでは「スンニ派の受難」は解決されない。スンニ派部族が支配する都市の周辺地域でISは続くことになる。

「アラブの春」で始まった危機を抑え込む中で、中東ではいたるところ"剛腕"が幅を利かせている。 トルコのエルドアン大統領、中東に影響力を強めるロシアのプーチン大統領、イラク、シリアに介入するイランの革命防衛隊、エジプトの軍主導政権、さらに、サウジアラビアでイエメン内戦に軍事介入し、政治を主導するムハンマド国防相(副皇太子)も。そこに強硬派の海兵隊司令官出身の国防長官を擁するトランプ大統領が就任する。

 2017年が「踊り場の年」になると考えるのは、強権で「危機」を抑え込む形になったことを受けたものである。危機の原因は何も解決していないが、少なくとも国際ニュースにもなりにくくなる。

中東ではほぼ10年ごとに大きな危機が起きてきた

 中東では偶然としか思えないが、ほぼ10年ごとに大きな危機が起こっている。1980年前後に79年のイラン革命と旧ソ連のアフガン侵攻、80年のイラン・イラク戦争、▽90年前後には90年の湾岸危機、91年の湾岸戦争、▽2000年には2001年の9.11米同時多発テロとその後のアフガン戦争、イラク戦争である。2011年の「アラブの春」の後では、すでに書いたような経過で2017年を迎えた。10年ごとに危機がめぐってくるという周期で考えれば、その直前となる1987年、1997年、2007年は、いずれも中東ニュースとしては「下火」の時期だった。

 ただし、「下火」になっても2、3年でまた別の大きな危機が噴き出している。2017年が「踊り場の年」というのは、次の新たな危機への前触れの意味もある。後編では、中東の危機について考察する。

トランプの「大使館移転」が新たな中東危機を呼ぶ?【展望・後編】

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=小幅高、利下げ期待で ネトフリの買収

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、来週FOMCでの追加利下げ

ワールド

FIFAがトランプ氏に「平和賞」、紛争解決の主張に

ワールド

EUとG7、ロ産原油の海上輸送禁止を検討 価格上限
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story