コラム

文在寅の「訪日拒否」は、有利な立場を自ら手放す慢心が生んだオウンゴール

2021年07月28日(水)18時12分
韓国の文在寅大統領

米韓首脳会談での成功や好調な国内産業など順風な文政権だったが KIM HONG-JIーPOOLーREUTERS

<東京五輪での首脳会談を見送った韓国の判断が、日韓「形勢逆転」の分岐点になる可能性>

人間が判断を間違えるのはどんなときだろうか。例えば、それは自らが窮地に陥っているときかもしれない。窮地に立つあまり冷静な判断が不可能になって過ちを犯し、自身をさらに窮地に陥らせた例は歴史上、数限りなく存在する。

しかしそれは、自らに余裕がある場合には間違いを犯さない、ということではない。なぜなら、人は自らの優位を確信するあまり相手側を侮り、自らに都合のいい形で物事が進むと信じることがあるからだ。太平洋戦争時のミッドウェー海戦における日本海軍しかり、ナポレオンによるロシア遠征しかり。こうして犯したミスにより、時に戦局は一変し、相争う両者は攻守所を変えることになる。

東京五輪開催の目前、文在寅(ムン・ジェイン)政権は日韓関係において自信満々に見えた。2019年7月に日本政府が発動した輸出管理措置から約2年。新型コロナウイルスの流行によるオンライン需要の急増を追い風に、韓国の半導体産業は躍進を続けている。韓国の人々はこの状況を、日本からの経済的圧迫に勝利したものとして自信を深めている。

文政権が自信を深める理由は外交にもあった。発足当初のバイデン米政権は中国への鮮明な対決姿勢を打ち出し、日韓両国の関係改善を求めていた。このような状況は、アメリカ政府が再び歴史認識問題に関わる譲歩を韓国政府に要求するのではないか、という懸念をもたらしていた。

だが迎えた今年5月の米韓首脳会談。アメリカは韓国に強い圧力をかけなかったのみならず、韓国が望む北朝鮮との対話にすらお墨付きを与えた。不安は一転して安堵へと変わり、文政権は対米関係における自信を回復した。

「韓国優位」の初期条件

米韓関係の改善は、国内政治にも影響を与えた。この会談直後から、文大統領の支持率が上昇へと転じたからである。韓国の世論調査会社リアルメーターによれば、4月に30%台前半であった支持率は、7月第2週には45%を超える水準にまで上昇した。

文政権が日韓関係に対して自信を深めている理由は、日本側にもあった。重要なのは、デルタ変異株ウイルスの拡散による新規感染者拡大と、東京五輪開催直前の混乱、東京都議選での与党政党の苦戦により、菅政権がその求心力を失いつつあるかのように見えたことである。

そして、何よりもこの時期の日韓関係においては、韓国側が有利になる初期条件があった。これまでの日韓関係においては、18年の元徴用工問題をめぐる大法院(最高裁に相当)判決以来、日本がこの問題に対する韓国の措置を条件にして、首脳会談を拒否する状況が続いてきた。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米失業保険継続受給件数、10月18日週に8月以来の

ワールド

中国過剰生産、解決策なければEU市場を保護=独財務

ビジネス

MSとエヌビディアが戦略提携、アンソロピックに大規

ビジネス

英中銀ピル氏、QEの国債保有「非常に低い水準」まで
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story