コラム

弾劾請求より重要な韓国社会の深刻な亀裂

2019年06月13日(木)18時10分

とはいえ、請求が20万人もの支持を集めた事は大きなニュースなのではないか、そう思う人もいるかも知れない。しかし、それは単に今日の韓国大統領府への請願がどの様になっているかを知らないだけである。

例えば、2019年6月10日現在、20万人以上の賛同を得て請願が「成立」し、大統領府からの回答待ちになっているものは全8件ある。賛同者数の第一位は大統領に対抗する保守で第一野党の「自由韓国党」に対する解散請願で、賛同者は実に180万人を超える。第二位は、逆に大統領を支える与党「共に民主党」の解散請求で、この賛同者も30万人以上である。

文在寅の弾劾請求はこれらに続く3位で、賛同者は約25万人。当然の事ながら、大統領府それ自身には政党を解散する権限など存在しないし、また議会の大半を占める二大政党が、違法行為の認定もなく解散されることなどあり得ない。今日の韓国の大統領府に対する請願がいかに中身のない、進歩・保守両勢力の誹謗中傷合戦の場に過ぎないものになっているかがわかる。

主張は互いに全否定

それは、現在最も早い速度で賛意を集めている請願の内容が「北朝鮮に米を送るなら、与党議員も一緒に送ってしまえ」というものである事からもわかる。そこでは請願の内容が実現するかどうかは問題ではなく、相手に対するネガティブキャンペーンを行う事、それ自体が目的になってしまっている。

そしてこの大統領府に対する請願の実態からは、今日の韓国の民主主義が抱える異なる種類の、そしてより深刻な問題も幾つか見えてくる。その一つはこの社会における、進歩・保守、より分かりやすく言えば左右勢力の極端な対立状況である。請願の状況からもわかるように、今日の韓国における左右両派の対立は、両者が共に相手の主張や存在を真っ向から否定した状態で行われており、そこには相互に対する敬意や尊重は見られない。この様な韓国社会の分断状況は、朴槿惠前大統領弾劾の頃から激化し、年々激しさを増していると言われている。今回の大統領への弾劾請求や与野二大政党に対する解散請求はその事を如実に表しているといえる。

とはいえ、より深刻な問題はもう一つの方だ。先にも述べた様に6月10日段階で、20万人以上の賛意を得て大統領府の回答待ちとなっている請願は全8件。実はこの中には、「バーニング・サン事件」と通称される芸能界や政財界を巻き込んだスキャンダル事件の徹底捜査を求めるもの等と並んで、放火殺人事件や強姦殺人を犯した犯人達に極刑を求める請願等が並んでいる。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米中貿易摩擦再燃で新たな下振れリスク、利下げ急務に

ワールド

トランプ氏、習氏と会談の用意 米財務長官 中国「混

ビジネス

シカゴ連銀発表の米小売売上高、9月は+0.5% 前

ビジネス

米BofAの7─9月期は増益、投資銀行業務好調で予
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 2
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 3
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に共通する特徴、絶対にしない「15の法則」とは?
  • 4
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 5
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 6
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 7
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story