コラム

捕鯨に執着しないほうが賢い選択では?

2019年02月15日(金)16時30分

IWC総会会場の近くで捕鯨反対のメッセージを掲げる人たち(18年9月、ブラジル・フロリアノポリス) Sebastian Rocandio-REUTERS

<欧米などの反捕鯨国も捕鯨にこだわる日本も、クジラにまつわる主張には偽善と政治的思惑がつきまとう>

捕鯨絡みの議論には、「偽善」という言葉がよく似合う。政治家も活動家も拳を振り上げ持論を展開するけれど、いずれも褒められたものではない。

IWC(国際捕鯨委員会)は本来、持続可能なクジラ捕獲を管理する組織であるはずが、今では捕鯨反対の一点張りで、組織内の科学委員会の調査結果すら無視する始末だ。

反捕鯨国の多く(イギリスも含まれる)は、もともとクジラを捕っていたが今はそれをやめ、この問題で「過ちに気付いた」自分たちのほうが偉いと言わんばかりに、日本もそうしろとプレッシャーをかける。実際のところ、欧米の国々が鯨油目当ての捕鯨をやめたのは、鯨油がだぶついたからだ。

気候変動を抑制するパリ協定を脱退したアメリカや、世界トップクラスの石炭産出国オーストラリアが、捕鯨に「断固反対」しているというだけで環境大国を気取るのだから、たまらない。彼らが捕鯨に反対できるのは、自国で捕鯨賛成派から批判を浴びることなどなく、政治的に何の犠牲も払わないから。政治家にとってはここまで楽勝な分野は珍しいくらいだ。

言うまでもなく、日本はさんざん「調査捕鯨」の抜け道を利用してクジラを捕り、鯨肉をスーパーやレストランに並べてきた。それが日本の立場を偽善的に見せているし、うまいこと言い訳しようとしても屁理屈に聞こえるだけだ。

欧米は日本の言い分に興味なし

欧米人のほとんどが本能的に捕鯨に反対するのは、クジラが絶滅の危機に瀕していると思い込んでいるから。クジラの種類によっては絶滅の心配のないものもあると説明すれば、反捕鯨の声は急減するだろう。環境保護運動において、「クジラを救え」は最も急速に世界に広まったスローガンの1つだ。これが「絶滅の危機に瀕している種のクジラを救いましょう」だったら、そこまで盛り上がらなかっただろう。

イギリスのメディアで働く記者が、日本の立場を説明する記事を書きたいと編集者に申し出たケースを、僕は2回知っている。どちらの場合も、ネタはボツにされた。読者に受けそうな話ではなかったのだろう。

個人的には、僕は捕鯨に反対だが、その理由は世界で通用すると言えるほど論理的なものではない。僕にはただ、自分よりずっと大きな動物を殺すのが何となくいけないことのように思えるのだ。僕にとっては、牛が上限だ。そんなわけだから、何人たりとも動物の肉を食べるなと言い張るベジタリアンの意見にうなずけないのと同じく、僕もこの持論をこれ以上押し付ける気は毛頭ない。

捕鯨の議論となると、どうして日本はあんなに熱くなるのだろう、と僕は不思議に思う。国民が声高に捕鯨せよと叫んでいるわけではない。あまりムキになると、ごりごりの捕鯨推進国と見なされ、国のイメージに傷がつく。あらゆる形態の捕鯨を全部禁止しろというのは偽善かもしれないが、捕鯨に執着しすぎないほうが賢い選択肢かもしれない。

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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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