コラム

絶滅に瀕する新聞とある地方紙の勇気

2009年07月14日(火)16時32分

 最近、アイルランド人の友達から面白い話を聞いた。

 19世紀の終わりに、アイルランド西部のごく小さな地方紙スキベリーン・イーグル紙が、ロシアの皇帝に挑戦状を突きつけたという。同紙は中国に覇権を拡大するロシアに異議を唱える意思を表明。社説で「わが新聞は今後も、ロシアの皇帝ならびにあらゆる独裁的な敵を監視する。人類の発展や人間の既得権を妨げる行為は、国内外ともに許されない。国家の自治は紛れもなくその1つだ」とぶち上げたのだ。

 大抵の人は、イーグル紙の試みを無謀だと言うだろう。たかだか数千部の発行部数しかないちっぽけな新聞が、ロシア皇帝に警告できるわけがない、と。小さな町の回覧版が、独裁を続けるジンバブエのロバート・ムガベ大統領を批判するようなものだ。

 でも僕は、新聞界の古きよき時代を思わずにいられなかった。ここ数週間、アメリカのいくつかの都市を訪れたが、どの都市にも共通することがあった。それは新聞が厳しい状況にある、ということ。ここでその理由を解説するつもりはない。ただ、新聞危機の深刻さを伝えたいと思う。

 ペンシルベニア州フィラデルフィアを訪れたのは、偶然にもフィラデルフィア・インクワイアラー紙が創刊180周年を記念した別刷りを発行したときだった。それによると、同紙は南北戦争で「現地リポート」という報道スタイルの先駆けとなったという。報道規制の裏をかき、戦地からの生の情報をいち早く報じた。南軍も北軍も、兵士も司令官も、戦場で実際に何が起きているかを知るために同紙を読んだそうだ。

 そんな伝統ある同紙だが、今年2月に連邦破産法11条を申請している(発行は継続)。記念すべき号でも、人員削減の余波は計り知れないと書いている。

■名門ニューヨーク・タイムズも苦境に

 訪問地の1つでもあるシカゴでも、2つの地元紙が経営破綻している。シカゴ・トリビューン紙を発行するトリビューンが昨年12月に、シカゴ・サン・タイムズ紙の親会社サンタイムズ・メディア・グループは今年3月に連邦破産法11条を申請した(どちらも発行は続けている)。

 トリビューンの傘下にあるロサンゼルス・タイムズ紙も発行は続けているが、大幅な人員削減を余儀なくされている。東京に住んでいたとき、ロサンゼルス・タイムズ紙にも寄稿していたが、そのプロ意識の高さと記者に対する敬意に感嘆したものだ。そうした高邁な精神が失われていくのは、つらいことだ。

 コロラド州デンバーの状況はさらに悪かった。同地最大のロッキー・マウンテン・ニュース紙は今年2月27日を最後に廃刊していた。創刊150周年を目前に控えてのことだった。

 経営の悪化している新聞はまだまだある。ボストン・グローブ紙は「死刑囚の監視人」に例えられ、ニューヨーク・タイムズ紙ですら投資家に頼る有様だ。

 僕が働いていたイギリスのデイリー・テレグラフ紙は、海外の支局をギリギリまで削減した。本社から見れば、外国特派員は支出に見合うだけの価値がないのだろう。コストが多少とも高いわりに、本国の読者にとっては関心の薄い記事しか書かないというわけだ。

 だが、こうした状況は大いに問題だろう。新聞というメディアが完璧だとは言わないが、自国の政府や外国の独裁政権の罪や腐敗を暴くという役割がある。新聞は人々の考えの基になる情報を発信し、人々が選択する際の助けとなる。良質な新聞は、市民意識を喚起する(アメリカのいくつかの新聞はとても良質だ)。

 だからスキベリーン・イーグル紙の話を聞いたとき、僕は決して「犬に闘いを挑むノミ」だとは思わなかった。大新聞が行き場を失った今の時代に、小さな新聞が大志を抱いていた時代を振り返るのは、感慨深いものがある。

colin020709.JPG

廃刊を伝えるロッキー・マウンテン・ニュースの誌面

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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