コラム

【ホメない書評】下村元文科相の「リーダー論」は口先だけ?

2019年11月07日(木)16時50分

Satoko Kogure-Newsweek Japan

<本誌11月5日号からスタートした、石戸諭氏による月1回の書評コラム。今回取り上げる「ダメ本」は、下村博文元文科相がリーダー論を説く新著だ。正しいことを書いているのに説得力はゼロ。その中身とは......?>

今回のダメ本


日本の未来を創る「啓育立国」
 下村博文 著
 アチーブメント出版

この本、最大のツッコミどころは、部分的に正し過ぎるくらい正しいことが書かれていることにある。

いわく人工知能(AI)が発達していくであろう、これからの世の中にとって、大事なのは「教え育てる」=教育ではなく、「啓(ひら)き育てる」=啓育である。いわく世界において異なった価値観と共生することが求められており、多様性を認め合うダイバーシティーの概念を社会が取り入れるべきである、と。

私は著者名を見返して、頭を抱えてしまった。「これは何かのギャグなのだろうか......」

著者の下村博文は元文部科学大臣にして、今年9月まで安倍晋三首相肝煎りの自民党憲法改正推進本部長を務めていた政治家である。首相側近でもあり、総裁返り咲きの一翼を担った。

世間ではまだ安倍再登板の声が皆無だった2011年前後から、政界とメディア界をつなぐようになった。右派系の文化人を中心に立ち上がった「安倍再登板プロジェクト」の中核にいたことは、あまりにも有名な話だ。

さて。そんな下村が同書の締めくくりで熱く語っているのは、「日本型リーダーシップ」の長所である。異質なものを排除したり、受け入れなかったりすれば争いが起こると下村は指摘する。重要になってくるのは「われわれの考え方が正しいから、あなた方もわれわれの考え方に従いなさい」というリーダーシップではなく、「互いに考え方が違うことを認め合い、互いの考え方を謙虚に学び合う」という思想に基づくリーダーシップなのだという。

実に味わい深い。分断の時代、と言われるなかでまさに必要とされるリーダー像である。彼の提言が真っ先に必要な場がある。政治の世界だ。

ここまでのリーダー論が書ける下村に求められていることは、たったの3つしかない。

第1に、下村自身が、例えば憲法改正に当たって学び合う姿勢を前面に打ち出した議論をしてみることだ。

第2に、これを安倍首相に提言すること。差し当たり下村が、首相に対し「国会でも考えの違いを認め合い、野党――例えば真逆に位置する日本共産党――の考えからも謙虚に学び合う日本型リーダーシップを実践せよ」とでも求めてみたらいいのではないだろうか。うまくいけば、街頭演説で考えの違う人たちから何を言われても、「こんな人たちに、私たちは負けるわけにはいかないんです」とムキになって言い返さないくらいの嗜(たしな)みは身に付くと思う。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

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