コラム

「AIファクトチェック」はもはや幻想? 非常時に裏切るチャットボットの正体

2025年07月08日(火)16時31分

また、ニュージャージー州では、路上に積まれたレンガの写真とともに「左派が暴動を起こす準備をしている」との投稿が拡散された。このような「レンガ陰謀論」は、抗議活動が起こるたびに現れる定番の偽情報であり、ブラック・ライブズ・マター運動の頃から何度も繰り返されている。

このレンガの写真も本物であったが、Grokはこの画像についても「偽物である」と誤判定したうえで、「当局との衝突で使用された」とまで回答した。まことしやかながら事実とは異なる説明であった。

イギリスのシンクタンク「ISD」のディレクターは、CBSの取材に対し「人々は今や、情報の真偽確認をAIに頼るようになってきている」と述べている。

AIが検索の代替手段として浸透しつつある現在、情報の信頼性をAIで確認する流れが自然であることは理解できる。

しかし、今回のようにAIが本物の情報を誤って「偽」と判断してしまう事例が発生している以上、AIの真偽判定には慎重さが求められると言わざるを得ない。


非常時のAIはデマを信じて拡散する情報弱者と同じ

イスラエルとイランが交戦中に、中国資本の入ったルクセンブルク航空Cargoluxがイランに向かったというデマが投稿され、拡散された。一部の大手メディアがこの情報を信じて報道した。そして、この情報に疑問を持った人々がAIに真偽について質問し、一部のAIはデマを事実と回答し、拡散を助長した。

6月16日頃にはCargoluxは自社のWEBサイトのトップに今回の件が事実ではないことを掲載した。

しかし、この文章が掲載された後も引き続き、AIはデマを事実として回答していた。NewsGuard社が6月20日、11の主要AIチャットボットに質問したところ、6つがデマを事実だと回答した。数日経過してもデマを事実と言い張るようでは、情報弱者としか言いようがない。

デジタル影響工作の調査研究で知られるデジタルフォレンジック・リサーチラボは、イスラエルとイランの紛争でGrokがやらかした事例を分析し、非常時の回答には重大な欠陥があることを指摘した。

しかし、事実確認が重要なのは特に非常時においてである。意地の悪い言い方をすると、「AIは平時の応答で人間を信用させ、非常時に裏切る」、ということになる。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

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