コラム

「2度の総選挙への干渉を経験」カナダの調査委員会が提示した偽・誤情報対策の衝撃

2025年02月21日(金)14時31分

アメリカとEUのアプローチと結果

一方、日本でよく参考にするアメリカやEUはカナダとは異なるアプローチを取っている。

アメリカはこの分野の調査研究にもっとも積極的だった国である。2016年から2022年に公開されたこの分野の論文を調査した論文では、ほぼ半数がアメリカを対象としたものだったとしている。


しかし、さらにテーマも偏っていたことがカーネギー国際平和財団が2024年1月に公開した調査結果でわかっている。主に調査研究されている対策は、効果が期待できる対策、研究の数が多い対策、規模拡大に対応できる対策が一致していないものがほとんどだ。

つまり、期待でき、規模拡大にも対応できる対策が多く研究されるべきだが、実態はそのようになっておらず、効果が期待できる対策があまり研究されていなかったりする。

また、安全保障関係のシンクタンクやマイクロソフトやマンディアントなどのIT企業が行っている事例研究の多くは、外国からの干渉の手法の分析に終始しており、全体像をとらえることがほとんどなかった。

干渉が行われればその効果や影響の如何に関わらずレポートを作って発表し、それをメディアがとりあげるという形でほとんど影響のなかった作戦が、「民主主義への脅威」へと膨らんでゆく。調査研究機関、メディア、政府の3者が吹き鳴らす「脅威のトランペット」だ。

実態にそぐわない「脅威のトランペット」が効果をあげることはない。国内対策をおろそかにしていたために、2022年頃から共和党を中心として、「脅威のトランペット」、特に研究者や調査機関へのバッシングが始まり、対策の大幅な後退が始まった。

大手プラットフォームはその変化にいち早く反応して2023年以降対策を縮小させていった。トランプ再選によって対策が後退したことと日本でも認識されるようになったが、もともと進んでいたことであり、トランプ再選はそれを加速した。

これと前後してコロナ禍以降アメリカの陰謀論は世界に拡散し、白人至上主義などの過激なグループも世界に広がっていった。

外国からの干渉というと、中露などからの国家が行うものがすぐに思い浮かぶが、アメリカは国家が管理できない陰謀論や過激派が勝手に世界に広げた。

結果としてトランプ再選は、これまでアメリカ政府が関与していなかった陰謀論者や過激派を政府と結びつけたことで強力な影響工作のネットワークを手にしたことになる、ということは前回ご紹介(アメリカが「ロシア化」3つのパワーを解放し、世界をリードし続ける)した通りだ。

残念なことにその実態を明らかにする「脅威のトランペット」(の調査研究部分)は必要となった時に機能しなくなりつつあることになる。

アメリカのアプローチはすでに「ロシア化」していると言ってよいだろう。意図せず保有していた世界的な陰謀論や過激派のネットワークと、大手プラットフォームを武器化し始めている。

EUは以前からロシアからの干渉を受けており、それがサイバー空間にも広がったことで対策もサイバー空間に広がった。しかし、その多くはロシアの干渉に対する対症療法であり、EUおよび加盟各国の国内問題を含めた取り組みにはなっていなかった。

アメリカほど極端ではないものの、EUでも「脅威のトランペット」は鳴り響き、結果として極右や陰謀論者などの台頭を許してしまっているのは、ご存じの通りだ。

今後、アメリカ政府機関からは政策的な意図での偽・誤情報やデジタル影響工作対策しか出てくることはなく、EUの規制はアメリカの強い圧力に直面し、EU加盟国の国内は中露とアメリカの陰謀論や過激派で混乱と分断が悪化する。
アメリカとEU、どちらも国内対策を怠った結果と言えるだろう。

そもそもアメリカの国内対策がしっかり行われていれば、陰謀論と過激派のネットワークが世界に拡散することもなく、大手プラットフォームに対する適切な規制を実施できていた。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

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