コラム

ロシアがアメリカ大統領選で行なっていたこと......ネット世論操作の実態を解説する

2020年08月19日(水)17時30分

ロシアのネット世論操作は(否認、歪曲、混乱、諦念)といったテクニックを用いるという...... REUTERS/Maxim Shemetov/File Photo

<監視システムでは中国に水をあけられているロシアだが、ネット世論操作に関しては中国の先を行っている......>

2020年8月18日、アメリカ上院情報問題特別調査委員会(The Senate intelligence committee)に2016年の大統領選におけるロシアの干渉についての最終報告書が提出された。五巻(プラス資料)構成で千数百ページにおよぶ詳細なものでアメリカ選挙システムへのロシアのサイバー攻撃およびトランプ陣営とロシア当局の裏のつながりについて調査、検証したものとなっている。

すでに逮捕、起訴され、実刑判決(共謀および司法妨害)を受けたトランプの元選対本部長ポール・マナフォートの果たした役割について詳述されているだけではなく、当選後もロシアに便宜を図っていたことなどが指摘されている。トランプ陣営とロシア当局の関係の詳細は、第五巻に詳しく書かれており、この巻だけで千ページ近くある。

大統領選を控えたタイミングで公開されたのはトランプ陣営にとって痛手となるだろう。逆にロシアにとってはアメリカ国民に選挙や政治に不信感を与える材料になりかねない。ロシアのアメリカに対するネット世論操作は往復ビンタになることが多い。最初の一発で秘密裏に相手国の世論を操り、次の一発はそれが露見した時に相手国に混乱を広げるのである。

今回はロシアのネット世論操作とサイバー攻撃についてご紹介する。

世界トップのネット世論操作活動

監視システムでは中国に水をあけられているロシアだが、ネット世論操作に関しては中国の先を行っている。ネット世論操作を研究しているオクスフォード大学のComputational Propagandaプロジェクトの年刊の事例研究によれば、継続的に西側からの情報操作を受けており、ロシアはそれに対抗するためにネット世論操作を行っているという認識に立っている。

ロシアのネット世論操作は4D(否認=Dismiss、歪曲=Distort、混乱=Distract、諦念=Dismay)といったテクニックを用い、RTやスプートニクなどの自国のプロパガンダ媒体やプロキシ、ネット世論操作部隊を使って各国を攻撃している。ネット世論操作部隊としてはIRA(Internet Research Agency)がもっとも有名で、これと連携するFederal News Agency(FAN)がある。どちらもプーチンのシェフと呼ばれるロシアの実業家エフゲニー・プリゴジンが関係している。プリゴジンはネット世論操作だけでなく、ロシアの汚れ仕事を引き受けている。最近では、世界的に有名な調査報道サイトのベリングキャットで、民間軍事会社ワーグナー・グループ(公式には存在しないことになっている)を使った海外での作戦行動が検証された。

ネット世論操作の事例をご紹介する前に、基礎的なことをおさらいしておきたい。ネット世論操作の一部はSNSを通じて行われる。トロールは人手でSNSへの投稿などの活動を行う要員を指し、ボットはプログラムで投稿やリツイートなどを行う。ランド研究所の『Russian Social Media Influence』によれば、トロールは五つのタイプに分けられる。

ichida0819a.jpg

投稿を拡散するステップは大きく三つだ。

ichida0819b.jpg

プロキシはロシアの主張を支援し、ネット世論操作を拡散する役割を担っている組織を指す。ロシアの主張を明らかにロシア政府発信とわかる形で行うよりも、第三者のサイトからの賛同や情報発信がある方が信憑性が増し、多数の支持者がいるかのように見せることができる。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米財務長官、FRBに利下げ求める

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story