コラム

水を飲めず、MOMも受け取れないロシアW杯選手たち

2018年06月25日(月)17時01分

実はアールッシェイフに対する批判は試合前から思わぬところで噴出していた。6月13日にモスクワでFIFA総会が開かれ、2026年W杯開催地をきめる投票で、米国・カナダ・メキシコの3カ国共催案が200票中134票を獲得し、65票のモロッコ単独開催案を破ったのである。

モロッコは、アラブ諸国が一致してモロッコに投票すると目論んでいたのだが、蓋を開けてみると、サウジアラビアを含め、UAE、バハレーン(バーレーン)、クウェート、レバノン、ヨルダン、イラクといったアラブ諸国は北米に票を投じていた。そしてモロッコ人の多くは、サウジアラビアが北米共催を勝たせるため、いろいろ画策してアラブ諸国を切り崩していったと考え、その張本人としてアールッシェイフを非難しはじめたのだ。

全アラブ諸国がモロッコに投票したとしても、結果がくつがえることはないと思うが、モロッコ人としては、裏切られたという思いが強いのだろう。なお、モロッコ国王ムハンマド6世は早くも2030年のW杯招致への立候補を表明しているが、苦戦が予想されている。

イランvs米国 → ナイキがスパイク提供拒否

ちなみにサウジアラビアと犬猿の仲のイランは投票を棄権した。反米を国是とするイランは現にトランプ政権とは激しく対立しているので、当然、米国開催には反対だろうが、かといってモロッコにも投票できない理由があったのだ。モロッコは5月、イランが、モロッコが領有権を主張する西サハラの独立を目指すポリサリオ戦線を軍事的に支援しているとして、イランとの国交断絶を発表していたからである。

そして皮肉にも、同じグループBに属していたモロッコとイランは6月16日に直接対決し、イランが1対0で勝利を収めている。これはイランにとってW杯での20年ぶりの勝利であった。

イランと米国の対立はスポーツでも話題提供に事欠かない。米国のトランプ大統領が包括的核合意からの離脱を発表し、イラン非難を強めているのはご承知のとおり。5月にも対イラン制裁の再開を明らかにしている。そのため米国のスポーツ用品大手ナイキがイラン代表チームに「制裁措置のためにスパイクを提供できない」と発表し、イラン側が猛反発したことは日本でも大きく報じられた。

また、モロッコ戦の直前にも一悶着あった。イラン代表を応援するために、テヘラン中心部に「われらともにヒーローとなる。一つの国家、一つの鼓動」のスローガンとイラン国内のさまざまな民族を描いた巨大な広告が設置されたが、そこに1人も女性の姿がなかったということで、批判を浴びたのである。

朝日新聞によると、看板を制作したのは、イランのエリート部隊である革命防衛隊の関連企業だそうで、批判を受けて慌てて作り直し、今度は女性の姿もきちんと描かれたという。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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