コラム

水を飲めず、MOMも受け取れないロシアW杯選手たち

2018年06月25日(月)17時01分

イラン女性たちが初めてスタジアムで観戦したが...

だが、この問題、根が深い。実はイランでは1979年のイスラーム革命以来、女性のスタジアムでのサッカー観戦が許されていないのである。看板に女性の絵を加えたからといって、イランの女性たちがスタジアムで男性といっしょに応援することはできないのだ。

今さら看板に女性の姿を描いたとしても、根本的なところで女性差別が残ってしまっていては無意味であろう。モロッコ戦の会場には「イラン女性がスタジアムで観戦できるよう支援を」という横断幕も見受けられた。

しかし、それが効いたのか、6月20日朝、イランで女性および家族がスタジアムでイラン対スペインの試合を観戦できると、突然、発表されたのである。そのため多数の女性がテヘランのアーザーディー・スタジアムに集まり、イラン代表を応援することになったのだ。この試合、1対0で勝利したスペイン代表のキャプテン、セルヒオ・ラモスは、彼女たちこそ今日の勝利者だとツイートした。

ただし、今回の許可が恒久的なものになるかどうかは不明である。イランと同様、女性のスポーツ観戦を禁止していたサウジアラビアでは一足早く今年1月に女性のスタジアムでのスポーツ観戦が許されるようになっていた。両国の対立は困ったものだが、副産物として両国が競って女性に対する規制緩和を進めていくようになれば、それはそれでいいのかもしれない。

22年カタール大会に影を落とすカタールvsサウジ

さて、政治とスポーツという関係でいえば、やはり今大会に出場していないカタル(カタール)に触れないわけにはいかないだろう。

現在カタルは、テロ支援などを理由にサウジアラビア、UAE、エジプト、バハレーン等から国交を断絶され、経済封鎖まで受けている。そのカタルが次回W杯開催国となるのだ。すでにカタルによるW杯開催決定にあたっては票の買収等多数の不正があったことが指摘されており、国内の人権問題も取沙汰されている。

しかし、サッカー界におけるカタルの地位は着実に強化されており、今回のW杯でもカタル航空は大会公式パートナーとして試合会場で派手な宣伝をうっているし、スペインの名門バルセロナのユニフォームに大きくカタル航空のロゴが入っていたのを覚えているかたも多いだろう。

そうしたなか、アラブ諸国の著名アスリートたちは、カタル資本のスポーツメディア「ビーイン・スポーツ」が、報道を通じてW杯を政治化しているとして、FIFAのインファンティーノ会長に調査を要請する嘆願書を出した。

それによると、ビーインは、サウジ・ロシア戦などで、出演した解説者やゲストらに、対カタル経済封鎖を批判させたり、サウジの選手やコーチ、責任者たちを揶揄させたりして、スポーツを不当に政治的に利用したという。嘆願書の署名者には、「ファラオ」の愛称で知られた元エジプト代表アフマド・ハサン、「砂漠のペレ」と呼ばれた元サウジ代表マージド・アブダッラーらが含まれている。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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