コラム

サウジアラビア「要人大量逮捕」は本当に政敵駆逐が目的か

2017年11月27日(月)17時31分

果たしてムハンマド皇太子の狙いは何なのか Saudi Press Agency/Handout via REUTERS

<著名投資家を含む200人以上が腐敗・汚職などの容疑で逮捕され、世界中のメディアの注目を集めているが、捕まったとみられる人物1人1人を見て行くと、いまだ不可解な点が多い。ムハンマド皇太子の権力基盤強化のためとの分析が多いが......>

サウジアラビアのサルマーン国王は11月4日、ムトイブ国家警備隊相、アーデル・ファキーフ経済企画相、アブダッラー・スルターン海軍司令官を解任、さらに腐敗防止最高委員会を設置し、実子であるムハンマド皇太子(以下MbS)をその議長に任命した。

この委員会の最初の仕事は200人以上を腐敗・汚職などの容疑で逮捕することであった。このなかには11人の王族を含む多数の政財界の要人が含まれているという。具体的な容疑は詳らかにされていないが、サウジ公式メディアでは南西部の都市ジェッダでの洪水、感染症のMERS(中東呼吸器症候群)対策などで捜査がはじまったことが指摘されている。

フォーブス誌でもお馴染みの有名な投資家、ワリード・ビン・タラール王子が逮捕されたと報じられたこともあって、世界中のメディアの注目を集めたが、実はサウジアラビアでは拘束された要人の名前すら公式には明らかにされていない。したがって、大騒ぎはしているものの、全部憶測で議論しているのにすぎないのだ。

ヘリコプター事故で死亡したマンスール王子に関する噂

とはいえ、火のないところに何とやら、名前が取り沙汰されるにはそれなりの理由があるはずだ。解任された上の3人は捕まっているのはほぼ確実だろうし、ワリード王子も11月1日を最後にツイッター(@Alwaleed_Talal)への投稿がとまっているので、たぶんアウトだろう。

ただし、彼のツイートからは逮捕の予兆はつかめない。同王子は、MbSの主導する脱石油依存の経済改革プログラム、サウジ・ビジョン2030への支持を明確にしており、政権中枢と政治的に対立していたわけではない。だが、彼の父、タラールがMbSに批判的だったので、その煽りを受けたからとか、彼が米国のトランプ大統領を批判したからだともいわれている。

ちなみに、未確認であるが、ワリードの娘、リーム王女も捕まったとする報道があった。彼女のツイッター(@Reem_Alwaleed)は11月5日以降更新されていないが、それだけで逮捕と断定するのは早計だろう。そもそも父親が捕まっていたら、娘がツイートできるとも思えない。

なお、彼女の最後のツイートは、ヘリコプター事故で死亡した従兄弟のマンスール・ビン・ムグリン王子に対する弔意(リツイート)で、そのまえは、イエメンのシーア派組織フーシー派のサウジへのミサイル攻撃に関するものである。身の危険が迫っているのをうかがわせる文言は見当たらなかった。

事故死したマンスール王子に関しても、死亡と腐敗容疑を結びつける噂が流れている。逃亡しようとして、事故死したとか、果ては暗殺されたとの疑惑もある。彼自身はこれまで政界で目立つ役割を果たしてきたわけではないが、なぜ彼にそんな噂が出るのかといえば、彼の父がムグリン元皇太子であるからだ。

ムグリンは、MbSの2代前の皇太子で、2015年にサルマーン国王に皇太子職を解任された経緯がある。その結果、当時副皇太子だったムハンマド・ビン・ナーイフ(以下MbN)が皇太子に昇格し、MbSが副皇太子に任命されたのである。つまり、MbSを昇進させるために、ムグリンは王位継承レースから弾き飛ばされた格好だ。ムグリン家の一員としてサルマーン家に恨みを抱いたとしても不思議はないというロジックである。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米韓が通商合意、自動車関税15% 3500億ドル投

ビジネス

ホンダ、半導体不足でメキシコの車生産停止 米・カナ

ビジネス

イスラエル、ガザ停戦協定の履行再開と表明 空爆で1

ワールド

印パ衝突、250%の関税警告で回避=トランプ氏
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」にSNS震撼、誰もが恐れる「その正体」とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理に押し上げた「2つの要因」、流れを変えたカーク「参政党演説」
  • 4
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 5
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    「ランナーズハイ」から覚めたイスラエルが直面する…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    楽器演奏が「脳の健康」を保つ...高齢期の記憶力維持…
  • 10
    リチウムイオンバッテリー火災で国家クラウドが炎上─…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story