コラム

サウジアラビア「要人大量逮捕」は本当に政敵駆逐が目的か

2017年11月27日(月)17時31分

有能の誉高かったムグリン元皇太子は、アブダッラー前国王の覚えめでたく、母親がイエメン系側室だったので国王にはなれないとの観測もあったなか、副皇太子、皇太子と順調に出世してきた。それがアブダッラー国王崩御の直後に解任されてしまったのだ。マンスール王子の葬儀の写真がいくつも出回っているが、どの写真でも息子を失ってがっくりと肩を落としたムグリンの悲痛な姿が印象的であった。

一方、MbSの出世で、ムグリンと同様に弾かれたMbNはどうだろうか。今年6月に解任された直後から、彼が軟禁状態にあるとまことしやかに報道されてきた。したがって、今回の事件でも彼の名が真っ先に挙がったが、上述のマンスールの葬儀に出席していたとの報道もあり、現時点ではその立場は不明である。

アブダッラー前国王の人脈が中心的な標的になった

少なくとも今回の逮捕劇でアブダッラー前国王人脈が中心的な標的になったことはまちがいない。冒頭で述べたムトイブ王子のほか、その弟で元リヤード州知事のトゥルキーも捕まったとされている。後者は、リヤード州知事というポジションにあったことから、リヤードのメトロ建設に関わる汚職容疑で逮捕されたといわれている。

ただし、政権中枢にいたアブダッラー前国王の息子が全員捕まったわけではない。対シリア外交で中心的役割を果たしていたアブドゥルアジーズ副外相については、少なくとも逮捕されたとの話は出てきていない。

また、傍流ではあるが、ファハド・ビン・アブダッラー・ビン・ムハンマド前副国防相も逮捕されたといわれている。彼もまたアブダッラー前国王時代に要職についたことから、アブダッラー人脈と目されている。

さらに、同じく前国王時代に気象環境庁長官の地位にあったトゥルキー・ビン・ナーセルも逮捕者とされる1人である。彼はかつて、サウジアラビアと英国のあいだの軍事オフセット契約(ヤマーマ計画)に関わる汚職事件で名前が挙がっており、英国の防衛関連企業BAEシステムズから莫大な賄賂を受け取った疑惑がもたれている。

もっとも、この種の賄賂は、相手が王族の場合、「コミッション」として合法とみなされることも多く、サウジ国内の感覚としてはグレーゾーンといえる。

このヤマーマ計画絡みでは、これも確証があるわけではないが、バンダル・ビン・スルターン元駐米大使も逮捕されたとの報道がある。バンダル王子はサウード家の腐敗という話題では、かならず名前の挙がる1人であり、可能性としてはゼロではないだろう。

バンダルの父、スルターン元皇太子の息子にはほかにも逮捕者がいるとされる。スルターン自身、ミスター5%と呼ばれ、莫大なコミッションを取っているとの噂が絶えず、その息子で、バンダル王子の兄、ハーリド元副国防相にいたっては、ミスター10%と揶揄されていたほどであった。逮捕者リストにハーリド王子の名前があっても驚く人は少ないだろう。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国のデジタル人民元、26年から利子付きに 国営放

ビジネス

米中古住宅仮契約指数、11月は3.3%上昇 約3年

ワールド

ロ、ウ軍のプーチン氏公邸攻撃試みを非難 ゼレンスキ

ワールド

ウクライナ「和平望むならドンバス撤収必要」=ロシア
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 5
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 6
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    アメリカで肥満は減ったのに、なぜ糖尿病は増えてい…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story