コラム

自衛隊「海外派遣」議論のきっかけはフェイクニュースだった

2017年07月28日(金)14時22分

2016年10月23日、陸上自衛隊朝霞訓練場で行われた自衛隊記念日観閲式に参加した稲田朋美防衛相 Kim Kyung-Hoon-REUTERS

<自衛隊の南スーダンでのPKO活動をめぐって国会で議論が続いているが、そもそもの原因は、90年代の湾岸戦争時の日本の貢献をめぐる「インチキ臭いロジック」にあったのではないか。日本は本当に感謝されなかったのか?>

自衛隊の南スーダンにおけるPKO活動をめぐっては、「戦闘」という語のあるなしから「日報」のあるなし、はては日報に関する「報告」のあるなしまで稲田防衛相は文字どおり防戦一方で、7月27日にはとうとう辞任を表明した。自衛隊としても自分たちの本務とは直接関係ないところで、活動が評価されてしまうのは本意ではないだろう。

だが、自衛隊がこうした視点でばかり見られがちなのは、海外派遣のはじまった1990年代初頭の議論がそもそもの原因になっているような気がしてならない。

自衛隊の海外派遣に関する議論が本格化したのは1990年の湾岸危機がきっかけであった。同年8月2日、イラク軍が隣国クウェートに侵攻、たちまちのうちに占領・併合してしまった。これが湾岸危機である。翌年1月17日、米軍を中心とする多国籍軍がイラク攻撃を開始し、数か月でイラク軍をクウェートから駆逐した。こちらのほうを一般に湾岸戦争と呼ぶ。

このとき、日本は、米軍中心の多国籍軍に総額135億ドル(当時の為替で約1.8兆円)の支援金を支払った。ただし、10億ドル、10億ドル、20億ドルというように五月雨式にお金を出したので、「Too Little, Too Late」と非難され、結局湾岸戦争開始後に90億ドル、その後さらに為替相場の目減り分として5億ドルの追加まで約束させられる始末であった。

この巨額の支援を賄うために、政府は赤字国債を発行したり、増税をしたりしており、納税者の懐から直接むしり取る結果にもなったのである。

【参考記事】自衛隊の南スーダン撤退で見えた「積極的平和主義」の限界
【参考記事】南スーダン:自衛隊はPKOの任務激化に対応を――伊勢崎賢治・東京外国語大学教授に聞く

135億ドル援助したのに、クウェートの感謝広告で国名なし

そして、湾岸戦争の終結宣言が出された直後の1991年3月11日、クウェート政府は、ワシントン・ポスト紙やニューヨーク・タイムズ紙など米国の主要紙に全面広告を出し、クウェート解放のための協力してくれた国ぐにに感謝を表明したのである。

わたしが確認したのはワシントン・ポストの広告だけだが、1頁の上半分に中東の地図が描かれ、中央にクウェート国旗、その下に米国を筆頭に以下の国の旗が掲げられている。

1. 米国
2. 英国
3. フランス
4. サウジアラビア
5. エジプト
6. シリア
7. UAE
8. イタリア
9. バハレーン(バーレーン)
10. オマーン
11. カタル(カタール)

これらの国は、湾岸戦争でとくに貢献著しいと考えられる国なのだろう。欧米および主要アラブ諸国が含まれている。国旗の下にはクウェートおよびクウェート国民からの謝辞が書かれ、さらにその下には、クウェート解放に貢献した国の名が列記されている。

ここに挙げられた国名には国旗が掲げられた国も含まれており、それを除くと、次の18国が感謝の対象になっていることがわかる。

1. アルゼンチン
2. オーストラリア
3. バングラデシュ
4. ベルギー
5. カナダ
6. チェコスロバキア
7. デンマーク
8. ドイツ
9. ギリシア
10. モロッコ
11. オランダ
12. ニュージーランド
13. ニジェール
14. ノルウェー
15. パキスタン
16. ポーランド
17. セネガル
18. スペイン

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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