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アングル:オンラインカジノ依存症が社会問題化、フィリピンで規制論議

2025年07月29日(火)08時26分

 2011年にフィリピンのギャンブル依存症患者支援団体を立ち上げたリーガン・プラフェローサさんは、自身もかつて依存症に苦しみ、人生を棒に振る寸前だった。写真は、フィリピン・パサイ市のカジノ。2015年3月撮影(2025年 ロイター/Erik De Castro)

Mariejo Ramos

[マニラ 25日 トムソン・ロイター財団] - 2011年にフィリピンのギャンブル依存症患者支援団体を立ち上げたリーガン・プラフェローサさんは、自身もかつて依存症に苦しみ、人生を棒に振る寸前だった。

初めてギャンブルで勝った米ラスベガスや、その後にマニラで経験した「自分が大物になった気分」に夢中となったプラフェローサさんは、結局7年間で5000万ペソ(約1億2900万円)を失った。それから借金返済のために行った盗みの罪で刑務所に入り、リハビリ施設に移送されて更生に努力した過去を持つ。

「ギャンブルは感情の病気だ。それが導く先は刑務所、施設、死の3カ所しかない」という。

プラフェローサさんを含む5人が運営する団体は毎日のオンライン会議で300人を超える患者を支援。加入者は最年少が13歳、最年長は72歳に達する。

こうしたギャンブル依存症患者が急増し、より多くがオンラインカジノに吸引されている事態に議会やカトリック教会が懸念を深めている。オンラインカジノへの流れを助長しているのは、ソーシャルメディアとデジタルウォレット(電子財布)だ。

プラフェローサさんは「私が受けた相談の電話は普段の10倍になっている。以前は相談者のほとんどが男性だったが、今は母親や子どもも多い」と語った。

複数の議員はオンラインカジノについて、デジタルウォレットの利用禁止などの規制を設ける法案を提出した。オンラインカジノ全面禁止を望む声もある。

規制当局フィリピン娯楽賭博公社(PAGCOR)のデータを引用した各種報道に基づくと、同国でオンラインカジノは急速に普及しており、第1・四半期に事業運営者から得た税収・手数料収入は推計で510億ペソに上った。

これはフィリピン政府がカジノ業界から今年これまでに得た総収入のおよそ半分を占める。

PAGCORによると、フィリピン国内で営業許可を得ている電子賭博事業者は少なくとも80社だ。

人々にもたらされる危険性は経済的なメリットをはるかに上回る、と主張してオンラインカジノの全面禁止を支持するのは、PAGCORの職員組合を代表するジアン・サムソン氏。「オンラインカジノはすぐに止めなければならない。われわれは合法か違法か決めるべきだ。(オンラインカジノは)社会に何も貢献していない」と訴えた。

PAGCORのトップは全面禁止ではなく、規制厳格化に賛成している。

<不十分な対応>

ドゥテルテ前大統領は2016年にオンラインカジノに門戸を開いた。事業者のほとんどは中国資本で、フィリピン国外の顧客をターゲットにした。

これに対して現在のマルコス大統領は昨年、国外企業の活動を禁じたが、国内のスロットマシーンやポーカー、ルーレットといった伝統的なカジノゲームのデジタル版は引き続き認可され、モバイル端末でアクセスできる。

サムソン氏は、こうしたオンラインカジノ自体は合法だが、規制当局は業界に制約を課したり、アクセスできる人を制限したりするといった義務を果たせなかったと指摘。「フィリピン国民はカジノへ簡単かつ便利な方法でアクセスすることが可能で、ボタン1つ押すだけで全財産を失ってしまう」と警鐘を鳴らす。

同氏によると、プレーヤーはゲームに参加すると、子どもでも扱えるような人気の電子決済アプリを通じて全ての稼ぎを引き出す形になるという。

一方、複数のオンラインカジノサイトを運営するディグプラス・インタラクティブは、認可事業を禁止すれば「プレーヤーを違法で規制されておらず安全性が担保されないサイトに向かわせる」と説明し、この業界で働く約5万人の雇用を脅かすと主張している。

同社のユーセビオ・タンコ会長は「満たすべき新たな基準、ないしプレーヤーが守るより良い手段があるなら、われわれは迅速かつ責任を持って対応していく」と述べた。

<弱者にしわ寄せ>

カトリック教会はオンラインカジノを「倫理と社会の危機」と受け止め、禁止を呼びかけている。

フィリピン司教会議議長のパブロ・ビルグリオ・デービッド大司教は「オンラインカジノは今、麻薬やアルコール、その他の依存症と同様にわれわれの社会における公衆衛生危機になっている」と述べ、痛手を受けている層として給与や貯蓄がほぼゼロの人々、既に教育費に苦しんでいる若者、その他社会的弱者に言及した。

個人の端末にインストールしてオンラインカジノのサイトをブロックできるソフトウエア「ギャンバン」を提供する英国拠点の同名企業を創設したマット・ザーブ・カズン氏は、フィリピンの新規登録者数はブラジル、英国に次いで多く、今年前半の来訪者数が3万2000人余りと昨年の2万6000人前後から急増したことを反映していると説明した。

ザーブ・カズン氏は「これは合法、違法のオンラインカジノの普及が主導した動きかもしれない」と話す。

同氏によると、オンラインカジノは伝統的なカジノよりも依存症の比率が高く、ギャンバン利用者の約8割は主にスロットマシーンで遊んでいたという。

以前はギャンブル依存症だった同氏は「誰もが自らの生活をより良くしたがっている。ギャンブルはほんの一瞬でそうした願いを完全に破壊するものだ」と強調。事業者に十分な消費者保護の責務を課す必要があり、規制が適切ならオンラインカジノを防止するか、少なくとも大幅に抑制できるはずだと付け加えた。

ロイター
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