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アングル:デフレ圧力強まる中国、生産調整と経済成長の両立に高いハードル

2025年07月24日(木)13時08分

 7月22日、中国では、政府がデフレ対策の一環としていよいよ生産能力の削減に乗り出すのではないかとの期待が高まっている。南通り市の船舶部品工場で2020年3月撮影92025年 ロイター/China Daily)

[北京 22日 ロイター] - 中国では、政府がデフレ対策の一環としていよいよ生産能力の削減に乗り出すのではないかとの期待が高まっている。中国共産党指導部が今月、製造業界の激しい価格競争に対する規制強化を表明したことや、国営メディアが足元の産業界の競争状態が経済を損なうとかつてないほど強い口調で警告を発していることを受けた流れだ。だが経済成長の足を引っ張らずに生産調整を実現するための道のりは険しい。

10年前にも政府は鉄鋼、セメント、ガラス、石炭の生産能力を圧縮する供給サイド改革を断行し、それが54カ月続いた生産者物価の下落に歯止めをかける重要な役割を果たした。

しかしデフレとの戦いは当時よりも複雑さを増し、雇用と成長にリスクをもたらす、というのがエコノミストの見立てだ。今は米国との貿易紛争が価格競争を助長し、製造業界の利益を圧迫している面もある。

民間所有比率の高まりや、中央政府と地方政府の目標の食い違い、生産能力削減による失業を吸収できる他のセクター向けの経済対策が限られるといった課題も、10年前は存在しなかった。

輸出企業ばかりか国有企業でさえ既に人員削減と賃金カットに動き、若者の失業率が14.5%に達しているだけに、政府は社会安定の鍵として何よりも雇用を重視している。

オーストラリアのモナシュ大学のヘ・リン・シー教授(経済学)は「今回の供給サイド改革は2015年に比べてはるかに難しい。失敗の確率が非常に高く、失敗は中国の経済成長落ち込みを意味する」と述べた。

複数のエコノミストは、5%の前後の年間成長率目標を達成したい政府としては、生産能力を削減する場合も小幅かつ段階的なやり方を採用し、影響を見極めようとすると予想している。

今月末に開かれる見通しの共産党中央政治局の会合では、産業政策に関して追加的な指針が打ち出されるかもしれない。とはいえそのような指針に、具体的な実行に向けたロードマップが記されているケースは乏しい。

生産能力削減の最初の対象は「自動車」「電池」「太陽光パネル」の3業種になるとの見方も出ている。これらはかつて経済成長を推進する「新しい3本の矢」とみなされたが、今は国営メディアが価格競争の象徴として名指ししている。

もっとも中国は全産業にわたって肥大化しているように見える。

ソシエテ・ジェネラルのアナリストチームの分析では、ほとんどの業種で稼働率が「健全」の目安とされる80%を割り込んでおり、その要因は内需低迷と消費者より生産者を優遇する投資主導の成長モデルにあるという。

このモデルは欧米から、世界中の市場を安価な中国製品であふれさせ、自国・地域の産業を脅かしていると繰り返し批判されてきた。

それでもある化学企業の幹部は、業界として既に2023年から過剰生産状態になったのは明らかだが、低コストで潤沢に資金が手に入るうちはどの企業も破綻を想定せず、ライバルを倒せると考えていると説明。各社とも事業拡大を続けていると明かした。

<中央と地方の矛盾>

中国の製造業は政府から助成されているものの、大半は民間所有で政府は監督・指示というあいまいな形でしか関与できない。

今生産能力を減らそうとするなら、補助金や安価な土地供給、優遇ローン、税還付などを抑制し、市場に淘汰を委ねるというより予測可能性の低い方法が必要だ。

ところがそうした政策の実行を担う地方政府には、中央政府の希望とは逆に、地元にサプライチェーン(供給網)投資を呼び込み、雇用を創出するための有力企業を育てたいという動機がある。

政策アドバイザーの1人は、地方政府は経済構造転換に向けて太陽光や電池といった新産業への投資を企業に奨励しており、それは本質的に間違っていないが、どの地方も数少ない同一の業種に投資させようとしている点に問題があるとの見方を示した。

北京大学経済政策研究所のヤン・セ副所長は、地方政府の抵抗によって「重要かつ不可欠」な生産能力削減が長期で漸進的なプロセスになり、デフレ圧力を食い止めることができなくなると指摘し、需要刺激の方が政策として有効だと主張した。

<都市再開発も力不足>

中国の生産者物価は今年6月まで33カ月連続で下落している。

エコノミストによると、現在中国が直面しているのは生産能力削減による失業を伴う中で深刻な痛みはあるが価格下落局面が短くなる事態と、過剰生産能力やデフレの長期化を受け入れて雇用への打撃を先送りする道のどちらを選ぶかの岐路だ。

マッコーリーの見積もりに基づくと、10年前の供給サイド改革では数百万人が失業した。しかしモルガン・スタンレーの分析では、10兆元(1兆4000億ドル)規模の野心的な都市再開発計画が打ち出されたため、失業者が吸収された。

一方今の製造業は労働集約度がずっと低下している。モナシュ大学のシー教授は、それでも失業者は生まれ、他の業種にもショックを吸収できる余裕はないとみている。

先週には政府上層部で10年前と同じ都市再開発の議論が浮上したが、今度は生産能力削減による製造業の活動縮小と雇用喪失を穴埋めできる規模になる公算は乏しい。

UBSの中華圏不動産調査責任者を務めるジョン・ラム氏は「もはや不動産業界が供給サイド改革で生じる失業を受け入れられるとは想定できない。不動産も供給過剰状態になっており、かつてのような方向に政策が進むことはないだろうし、それが正しいと思う」と述べた。

ロイター
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