焦点:日本の「賭け」裏目に、米が関税25% 農産品も交渉不可避か

「誠意」を持って関税交渉に臨んだとする日本に対し、トランプ米大統領が7日に出した答えは税率のさらなる上乗せだった。写真はニュージャージー州モリスタウンで6日撮影(2025年 ロイター/Nathan Howard)
Tamiyuki Kihara Kentaro Sugiyama Yoshifumi Takemoto
[東京 8日 ロイター] - 「誠意」を持って関税交渉に臨んだとする日本に対し、トランプ米大統領が7日に出した答えは税率のさらなる上乗せだった。石破茂政権はラトニック商務長官に照準を絞り、対米投資の上積みなどと引き換えに関税の見直しを求めたが奏功しなかった。交渉は8月1日まで延長された形で、これまで避けてきた農産品の輸入関税引き下げも検討せざるを得ないとの声も政府から出始めている。
<トランプ氏が求めた市場拡大>
「日本はラトニック商務長官に賭けていた。賭けに負けたんだ」。相互関税の猶予期限が迫る7月初旬、首相官邸の関係者はそれまでの流れを振り返った。6月のトランプ氏との首脳会談は空振りに終わり、日本は本丸と位置付けた自動車関税だけでなく、鉄鋼関税や相互関税の見直しについても米国と合意するのは難しい状況だった。
日本が米国と関税交渉を始めたのは4月中旬。日本側は赤沢亮正経済再生相を、米国側はベセント財務長官を中心にラトニック商務長官、グリア米通商代表部(USTR)代表の3人を担当閣僚に指名した。
複数の政府関係者によると、日本のメインシナリオは次のようなものだった。自動車貿易を所管するラトニック氏に対し、日本が積み重ねてきた米国経済への貢献をアピールする。そのうえで、さらなる輸入拡大や投資の積み増しを提示し、「米国を再び豊かにする」というトランプ氏から譲歩を引き出す。一方で、農産品の市場開放は協議の俎上(そじょう)に載せない。
石破茂首相は赤沢氏を7回にわたって訪米させ、日本が実行できる対米投資を積み上げていった。エネルギー、鉄鋼分野での対米投資、農産品の輸入拡大、造船の技術協力、自動車の非関税障壁撤廃など、項目は多岐にわたった。総額は「天文学的な数字」(日本政府関係者)にまで膨れ上がったという。
<合意の草案準備から一転>
日本側の思惑は、6月16日(日本時間17日)に主要7カ国首脳会議(G7サミット)に合わせて開かれた日米首脳会談を前に崩れることになる。
赤沢氏はベセント、グリア両氏とも会談したが、最も多く協議を重ねたのはラトニック氏だった。複数の政府関係者によると、首脳会談での合意を目指していた日本は、6月13日の赤沢、ラトニック両氏の協議で合意の道筋をつける考えだった。赤沢氏は5月末の4回目の訪米時に「米側も(自動車関税に)強い関心がある」と記者団に述べており、一時は米国が歩み寄る姿勢を見せたと日本側は解釈した。経済官庁の関係者によると、日本側は合意文書の草案まで作成していたという。
ところが、その段階になっても米側から「トランプ氏の了解」は告げられなかった。それどころか、トランプ氏はあくまで日本の輸入関税引き下げにこだわり、特にコメなどの農産品の開放を求め続けている、との「原則論」が再び伝わるようになった。ラトニック氏に投資の上積みやエネルギーの輸入拡大などを説明しても、最後に決めるのはトランプ氏だった。
経済官庁の複数の幹部は「13日の協議が終わった段階で、首脳会談での合意の可能性はなくなっていた」と口をそろえる。
それを裏付けるかのように、首脳会談でトランプ氏から関税交渉について語られることは「ほとんどなかった」(日本政府関係者)という。会談の様子を現地で見ていた関係者は「トランプ氏は終始眠そうだった」とも振り返る。
トランプ氏はその後、米国製の自動車と米国産のコメを輸入していないと日本を名指しして批判するようになった。各国に一律10%を課した相互関税を、日本の場合は30%や35%へ引き上げる可能性を示唆した。
<浮上する農産品の関税引き下げ論>
そして8日、トランプ氏は日本の相互関税を25%にするとソーシャルメディアに投稿した。4月に大統領が発表した24%を上回る税率だ。8月1日の発動まで1カ月弱あるが、コメをはじめとした日本の市場開放議論を避けてきた石破政権は戦略の立て直しを迫られる。
トランプ氏は2月の日米首脳会談の際、貿易交渉で日本にどのような譲歩を求めるかと記者から問われ、「日本にとって非常に簡単になるだろう。われわれは素晴らしい関係を築いている。私は何の問題もないと思う」と述べていた。
政府内で浮上しているのが、トランプ氏の意向をくむ形での農産品の関税引き下げだ。これまでの交渉で「聖域」としてきた分野で、自民党の岩盤支持層である農家の生業を直撃しかねない。複数の政府関係者が20日投開票の参院選を念頭に、「選挙前に農産品の交渉はできない」と言うのもそのためだ。
しかし、前出の官邸関係者は「選挙が終わったら検討を進めなければならない」と話す。日本が「ミニマムアクセス」として主食用のコメに設けている年間10万トンの無関税枠の拡大や、他の農産品の輸入に関する安全基準の再検討などが候補になりうる。
問題は、石破政権の政治基盤が弱いことだ。衆議院では少数与党のうえ、20日投開票の参院選も報道各社の情勢調査で与党が過半数を獲得できない可能性が伝えられている。
米関税措置の対策本部がある内閣官房はロイターの取材に、「個別の事実関係についてはコメントできないが、日本の国益を守りながら、日米双方にとって利益となる合意ができるよう、政府一丸となって最優先かつ全力で米国との交渉に取り組んでいくことに尽きる」とした。
手詰まり感が漂う中、別の経済官庁幹部は危機感を隠さない。「選挙後も石破政権が盤石になることはなさそうだ。いずれ衆院選を考えなければならず、農産品の交渉を始めるなどと言ったらまずいことになる」
(鬼原民幸、杉山健太郎、竹本能文 編集:久保信博)