ニュース速報
ワールド

アングル:メダリストも導入、広がる糖尿病用血糖モニターのスポーツ利用

2024年06月15日(土)14時36分

 今夏開催されるパリ五輪では、マラソンのオランダ代表アブディ・ナゲーエ(35)らトップ選手の一部が、メダル獲得を目標に新たなツールを導入している。写真中央はロッテルダムマラソンに出場中、左上腕に持続グルコース測定器(CGM)を装着するナゲーエ選手。提供写真(2024年 ロイターNN Running Team)

Ludwig Burger

[10日 ロイター] - 今夏開催されるパリ五輪では、マラソンのオランダ代表アブディ・ナゲーエ(35)らトップ選手の一部が、メダル獲得を目標に新たなツールを導入している。それは、肌に装着して血糖(グルコース)値を記録する小さなモニターだ。

このモニターは持続グルコース測定器(CGM)と呼ばれ、糖尿病患者が使用するために開発された。同デバイスを主に取り扱う米医薬品大手アボット・ラボラトリーズやデックスコムなどは、スポーツや健康管理の現場においても商機を探り始めている。

7月26日に開幕するパリ五輪は、この新たなテクノロジーを披露する場にもなりそうだ。ただ、これがパフォーマンスの向上につながるかどうかは、まだ十分に証明されていない。

「いつかはCGMが糖尿病以外の分野においても幅広く使われると確信している」とデックスコムのジェイコブ・リーチ最高執行責任者(COO)は言う。

同社にとってCGMの主な販売対象が糖尿病患者であることは変わらないとしつつ、将来的にはスポーツ選手のパフォーマンス向上にも使用できるよう研究を進めているとリーチ氏はロイターの取材で述べた。ただし、詳細は明らかにしなかった。

糖尿病患者は皮膚に貼り付けた硬貨ほどの大きさのCGMセンサーをブルートゥースでスマートフォンに接続し、表示された血糖値の数値に応じて、インスリン投与が必要かどうか判断することができる。指先から採血する必要がないという手軽さから需要を伸ばし、CGMの市場規模は既に数十億ドルに上るとみられている。

また、米食品医薬品局(FDA)は3月、インスリン治療を行っていない糖尿病の初期症状を抱える人々を対象としたデックスコムのCGMセンサー「ステロ」について、処方箋なしでの購入を承認した。同製品は今夏の販売開始を予定している。

アボットは2020年ごろから、糖尿病に罹患(りかん)していないアマチュア・プロスポーツ選手に向けたCGM製品を欧州で導入し始めた。21年以降は、男子マラソンで五輪2連覇中のエリウド・キプチョゲ選手(39・ケニア)のチームとスポンサー契約を締結。複数のトップ選手やサポートスタッフが、競技大会に向けて準備を進める上でカロリー摂取量やトレーニング強度をCGMで管理している。

アボットは糖尿病患者ではない消費者の市場開拓を目指しているという。健康維持・管理を目的としたセンサーデバイス「リンゴ」や関連スマートフォンアプリは英国では既に1月から使用可能で、価格は月120-150ポンド(約2万4000ー3万円)ほどだ。また同社は現在、同製品の米国内での発売も視野に入れているという。

一般的に普及しているCGM製品の一つであるアボット「FreeStyleリブレ」の23年の売上は、計測における使いやすさや正確性が糖尿病患者に評価され、前年比23%増の53億ドル(約8336億円)だった。デックスコムは、23年の売上高が前年比24%増の36億ドルと発表した。

調査会社グローバルデータは、健康維持を目的としたCGM市場は今後、年間15%近く成長し、31年までに99億ドルに到達する可能性もあるとの見通しを示している。デンマーク製薬大手ノボノルディスクの「ウゴービ」など肥満治療薬を服用しながら、ダイエットをサポートする医療機器として使用を考える人も顧客として見込んでいるという。

別の研究者は、アイルランドの医療機器会社メドトロニックなど糖尿病の治療目的も含めたCGM市場全体が、今後5年間にわたり年間9-10%成長すると予測している。

<パリに向けた準備>

前出のナゲーエ選手は「楽な走り方」を目指す一環として自身やコーチが血糖値を計測し、使えるエネルギー量の指標にしているという。同選手は2021年に開催された東京五輪で銀メダルを獲得している。

パリ五輪への出場が決まっているナゲーエ選手は、トレーニング中に消費するエネルギーを最小限にできるよう、CGMを元にした睡眠や食事パターンを取り入れているという。

「この数値が実際のエネルギーで、燃料だ。測定し、観察しなくてはならない」とナゲーエ選手は言う。同選手のチームには21年4月以降、アボットがスポンサーについている。

東京五輪の競泳女子400mメドレーリレーで金メダルを獲得したオーストラリア代表のチェルシー・ホッジス選手(22)は、CGMを用いたカロリー摂取量やトレーニング時間の調節が、持久力トレーニングの途中で感じる極度の疲労やめまいなどの緩和に役立っていると話した。

ホッジス選手はパリ五輪に向けた準備期間中にロイターの取材に応じていたが、臀部(でんぶ)の不調により競技から引退することを先月発表した。

血糖値を巡っては、企業が関連デバイスに将来性を見出していると同時に、スポーツ栄養学の専門家らも研究の余地があると考えている。

「適切な負荷か、トレーニングのしすぎか。これまでアスリートが自身の持久力を測るのは、当てずっぽうでしかなかった。CGMを使うことで、体力への理解を深めることができる」とスウェーデンスポーツ健康科学大学(GIH)のフィリップ・ラーセン准教授は言う。

ラーセン氏は、自身が最高科学責任者を務めるスポーツパフォーマンスコンサルタント会社スヴェクサで複数のスポーツ選手・チームから収集したCGMのデータを分析していると明かした。同社は、どのCGMメーカーからも援助を受けていないという。

とはいえ、CGMをアスリートの生活に組み込んで最大限に生かす手段は、まだほとんど実証されていないとラーセン氏は指摘する。

「大抵の研究者は明確な答えを出すことができないだろう。5年後には、いま把握しているより10倍多くのことがわかるかもしれない」

業界では現在、さまざまな試験や実験が盛んに行われ、血糖値を測定するコンタクトレンズの開発なども進められているという。

豪ボンド大学のグレッグ・コックス准教授は、ホッジス選手を含め、競泳、ローイング、トライアスロン、陸上競技のアスリートをスポーツ栄養士としてサポートしてきた。

コックス氏のチームは、運動強度を維持するのに必要とされるカロリーを摂取していないことが選手のグルコース測定値に影響を与えるかについての実験を実施。ただし、まだ十分な結果は出ておらず、さらなるCGMの研究が必要だと同氏は指摘する。

コックス氏とラーセン氏は、こうした健康・運動関連機器を糖尿病患者ではない消費者が医学的なアドバイスも受けずに使うことには懐疑的との見方で一致した。

「普通の健康的な人が、1本のバナナを食べてから血糖値が1時間上昇したままの状態におびえている様子をソーシャルメディア上で目にする。だがこうした血糖値の上昇は予想できる範囲内で、いたって普通のことだ」とラーセン氏は言う。

アボットの広報担当者はロイターに対し、健康的な生活を送る上で、血糖値の動きを理解することが代謝を管理する鍵になると話した。

「(血糖値が急上昇・急降下する)血糖値スパイクは健康的な人にとっては普通のことだ。ただ、変化の頻度が低く差も小さいほうが、エネルギー・機嫌・集中力・睡眠を改善し、食欲も抑制できることは分かっている」

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

赤沢再生相、ラトニック米商務長官と3日と5日に電話

ワールド

OPECプラス有志国、増産拡大 8月54.8万バレ

ワールド

OPECプラス有志国、8月増産拡大を検討へ 日量5

ワールド

トランプ氏、ウクライナ防衛に「パトリオットミサイル
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    反省の色なし...ライブ中に女性客が乱入、演奏中止に…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中