ニュース速報
ワールド

焦点:台湾有事で最大の弱点、米軍が兵站増強に本腰

2024年02月01日(木)18時24分

 米国とオーストラリアが上陸作戦や地上戦、航空作戦の軍事演習を行った昨年夏、中国の軍事的野心の高まりに対抗するために両国が防衛協力を深化させているという派手な見出しが躍った。写真はミサイル駆逐艦「ステザム」。2017年、西太平洋で撮影.

Phil Stewart Idrees Ali

[ワシントン 31日 ロイター] - 米国とオーストラリアが上陸作戦や地上戦、航空作戦の軍事演習を行った昨年夏、中国の軍事的野心の高まりに対抗するために両国が防衛協力を深化させているという派手な見出しが躍った。

しかし台湾有事に備える米国の戦略立案者らとって、この「タリスマン・セイバー」演習ははるかに地味な価値を持っていた。米政府関係者によると、演習後に装備品を残したことで、オーストラリアに武器の集積が進んだという。

米国と同盟国は、中国が数年以内に台湾へ侵攻する可能性に懸念を募らせている。米軍は準備を厳しく見直し、重要な分野、すなわち兵站ネットワークの不備を補おうと努めている。

米陸軍によれば、同演習後に残した装備品には、オーストラリア南東部バンディアナの倉庫にある約330台の車両とトレーラー、130個のコンテナなどが含まれる。軍事演習や自然災害、あるいは戦争で必要になる物資だ。

チャールズ・フリン米太平洋陸軍司令官はロイターのインタビューで、こうした準備を「もっともっと増やしていくつもりだ。この地域には、われわれが既にそうした合意を結んでいる国々が他にも数多くある」と述べた。

ロイターが現役、元職の米政府高官20人以上に行ったインタビューによると、太平洋における米軍の兵站は、台湾有事を巡る米国の最大の脆弱性のひとつだ。

米政府のシミュレーションでは、中国はジェット燃料の供給や給油船を爆撃することで、戦闘機と戦ったり米艦隊を撃沈したりすることなく、米国の海軍力、空軍力を麻痺させようとする可能性が高いとの結論が出たという。

これに対して米国は、オーストラリアにある倉庫を含め、アジア太平洋地域全体に兵站拠点を広げようとしている。

米軍の兵站ネットワークは集中し過ぎており、兵站強化に対する政府の資金拠出と切迫感は不十分だ、との批判もある。

兵站などを管轄する米下院小委員会を率いるマイク・ウォルツ議員(共和党)は「ちょっと掘り下げてみると、インテリジェンス・コミュニティ(諜報に関わる各公的機関の情報を集約する組織)は、今後5年間について赤信号を発している。ところが(そうしたリスクに対処する)時間軸は10年、15年、20年と長い」と、対応の悠長さを指摘。「ミスマッチがある」と語った。

<米国のリスク>

米軍の兵站部門、米輸送軍(トランスコム)は、ロシアとの戦争でウクライナ軍に大量の装備品と大砲を提供するという大きな成功を収めている。しかし遠く離れた台湾を支援するのは桁違いに難しいだろうと、米政府高官や専門家は認めている。

ある米軍高官は、インド太平洋地域における最優先事項は弾薬の供給であり、次いで燃料、食料、装備の予備部品だと述べた。「弾がなくなれば(中略)即座に問題が起こる」と同高官は述べ、台湾有事への準備は既にかなり進んでいると付け加えた。

米政府高官らは、大規模な紛争が発生した場合、米海軍の艦船はすぐにミサイル防衛の装備を使い果たす可能性があると警告している。

4月に米議会向けに実施された戦争シミュレーションでは、中国は台湾への水陸両用攻撃を想定し、この地域の米軍基地に対する大規模な空爆とミサイル攻撃を行った。その中には沖縄の米海軍基地や東京の横田基地も含まれていた。

シミュレーションを担当したシンクタンク、新アメリカ安全保障センター(CNAS)のベッカ・ワッサー氏は、米国の兵站拠点、給油艦や空中給油機への攻撃による潜在的な影響が示されたことは、多くの議員にとって「警鐘」になったと語った。

「中国は意図的に兵站拠点のいくつかを狙い、米国によるインド太平洋での作戦維持を困難にしようとするだろう」とワッサー氏は言う。

このような脆弱性に対処するため、米軍はフィリピンや日本など太平洋地域の同盟国との協力を拡大しつつも、より安全な備蓄場所としてオーストラリアなどに注目している。

バイデン政権は7月、米国はオーストラリアのバンディアナにも暫定的な兵站センターを設立し、最終的にはクイーンズランド州に「永続的な兵站支援地域」を作ることを目指すと発表した。

ロイターが閲覧した米軍の内部文書によると、バンディアナの施設は車両300台以上の収容が可能だ。

米空軍は昨年7月、オーストラリア、カナダ、フランス、日本、ニュージーランド、英国とともに、インド太平洋で空中給油や医療搬送の訓練を含む多国籍軍事演習「モビリティ・ガーディアン23」を実施した。軍はこの機会にグアムなどにも装備を残した。

<ジャスト・イン・タイムからジャスト・イン・ケースへ>

米軍の考え方には変化が起きている。米国は過去何十年間も、外国勢力が自国の兵站基地を標的にする心配をせずに済んできた。このため戦略立案者は効率性に焦点を絞り、民間メーカーで一般的な「ジャスト・イン・タイム」の兵站モデルを採用することができた。

しかし中国との紛争が起きれば、ソウル近郊のハンフリーズ基地を含む巨大基地が格好の標的となる可能性がある。こうしたリスクを見据え、米国は備蓄を分散させ、地域全体に物資を事前配置するなど、よりコストのかかる兵站アプローチへの切り替えに動いている。

米国防総省の兵站責任者の一人、ディオン・イングリッシュ少将は、「効率性に代わって効果を重視する計画を立て、『ジャスト・イン・タイム』から『ジャスト・イン・ケース』に移行する必要がありそうだ」と語った。

ロシアが2014年にクリミアを併合した後、米国は欧州でこれを実践。ロシアがウクライナに侵攻する2022年までの5年間で、国防総省は欧州への装備事前配置に116億5000万ドルの予算を議会に要求した。

これとは対照的に、ロイターが国防総省の予算要求を分析したところ、2023年度から27年度にかけてアジアにおける装備品や燃料の備蓄、兵站改善のために要求されているのは25億ドルにとどまっている。国防総省の年間予算は現在約8420億ドルだ。

CNASは 「国防総省は、資金、精神的エネルギー、物的資産、人員の面で、組織的に兵站に過小投資してきた」と辛辣な分析を行っている。

上院軍事委員会の共和党トップ、ロジャー・ウィッカー議員は、国防総省と議会は太平洋の基地と兵站にもっと注力する必要があると指摘。「今後5年間に西太平洋での紛争を抑止するわが国の能力は、あるべき姿にはほど遠い」とロイターに語った。

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

赤沢再生相、ラトニック米商務長官と3日と5日に電話

ワールド

OPECプラス有志国、増産拡大 8月54.8万バレ

ワールド

OPECプラス有志国、8月増産拡大を検討へ 日量5

ワールド

トランプ氏、ウクライナ防衛に「パトリオットミサイル
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    反省の色なし...ライブ中に女性客が乱入、演奏中止に…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中