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日米、相互関税・自動車15%で合意:識者はこうみる

2025年07月23日(水)13時39分

 7月22日、トランプ米大統領(写真)は、日本との貿易交渉で大規模な合意を締結したと明らかにした。4月2日、ワシントンで撮影(2025年 ロイター/Carlos Barria)

[23日 ロイター] - トランプ米大統領は22日、日本との貿易交渉で大規模な合意を締結したと明らかにした。交流サイト「トゥルース・ソーシャル」への投稿で、日本に対する相互関税は15%になると表明。また、日米両政府は、自動車の税率を15%へ引き下げることで合意したと、日米の政府、業界関係者が明らかにした。

市場関係者に見方を聞いた。

◎政府交渉を評価、相互関税は数量・価格どちらに影響か注視

<SMBC日興証券 シニアエコノミスト 宮前耕也氏>

自動車関税の引き下げがそもそも難しいと言われていた中で、米国が15%への引き下げに応じたのはサプライズだった。もちろん、もともと2.5%だったことを考えると引き上げとも言えるが、トランプ米大統領のこれまでの言動からは、25%のまま維持されると思われていただけに、日本政府はよく交渉したと思う。

農産品の分野でも大きな妥協があるかとも思ったが、コメについてはミニマムアクセスの枠を維持するという。米国産作物への関税を引き下げることもないようなので、国内のコメ農家への影響も今のところ限定的ではないか。

一方、多額の対米投資を行うとのことなので、中長期的にみれば国内企業の投資先が米国に移り、国内が空洞化する懸念はあると思う。ただ、一度に5500億ドルを投じるわけではないはずで、どう影響が出てくるのかは現状では不透明だ。中長期の視点で見ていく必要がある。

注視するべきなのは、相互関税が15%となる点だ。これまでの10%から引き上げられることになる。この上乗せが日本の輸出に対し、数量として響くのか、価格に響くのかで経済への影響が変わってくるだろう。前者であれば実質GDP(国内総生産)を押し下げる要因になり得る。

足元の状況を見ると、追加関税が課されて以降も輸出数量自体はさほど落ちていない。そう考えると、15%になったとしても数量への影響は限定的かもしれないが、今後も注視が必要だ。

◎最善に近い合意内容、日本の景気後退は回避

<明治安田総合研究所 フェロー チーフエコノミスト 小玉祐一氏>

朝方に一報を聞いた時は参院選直後の合意ということもあり厳しい内容を想定したが、ふたを開けてみれば、最善に近い結果だったのではないか。8月1日から25%の相互関税がかかった場合、日本経済は深刻な景気後退に陥る恐れがあった。今回の合意内容であれば、経済の回復基調はぎりぎりで維持できるほか、食品価格の落ち着きなども背景に、実質賃金は一段と改善するだろう。日銀は年内の利上げを検討できる状況になると考えられる。

自動車メーカーをはじめ輸出企業は、引き続き関税コストの一部を負担することになるだろうが、為替市場でも10%程度の変動はよくあることだ。大手企業が経営危機に陥ったり、中小の下請け企業を中心に「関税倒産」が増加するような事態にはならないとみている。

日米交渉が進展した背景として、米国内の世論において、各国との交渉の遅れに対し厳しい見方が広がり始めたことから、トランプ政権が早めの成果を欲した可能性がある。また、足元で米国の物価の伸びがやや加速していることも影響したかもしれない。

日本の自動車メーカーが一律10%の値上げを実施しただけでも、米国の総合消費者物価指数(CPI)は単純計算で0.25%上昇する。多くの国や企業が同様の施策を取れば、無視できない上昇幅となる可能性もあった。

今回の関税合意を節目として、石破茂首相が退陣する展開もあり得るだろうが、すでにマーケットはある程度織り込んでいるので大きな影響はないだろう。例えば、次期首相として高市早苗前経済安全保障担当相を有力視する声が高まれば、自民党の政策が消費減税に傾くシナリオが意識され、長期金利が上昇し、円が売られる局面も出てくるかもしれない。

◎不確実性解消、今後は政治・格付け巡るリスクに注目

<OCBC銀行(シンガポール)の為替ストラテジスト、クリストファー・ウォン氏>

貿易協定を受けた反射的な反応も見られたが、ドル/円は10─11日ぶりの安値近辺で推移し、おおむね安定している。日本にとって関税を巡る不確実性は解消されたが、ドル/円の今後に関して2つのリスクに注目する。石破茂首相が続投する場合の政治的リスクと、日本の財政状況次第で信用格付けに何らかの変更が生じるリスクだ。

◎関税大幅引き下げは日本にプラス

<オーストラリア・コモンウェルス銀行(CBA)の通貨ストラテジスト、キャロル・コング氏>

日本車を含む輸入品に対する関税率を大幅に引き下げるこの合意は、日本にとってプラスとなるだろう。円が短期間かつ小幅に上昇したことは、日米貿易協定が発表前からある程度織り込まれていたことを示唆している可能性がある。

日本の政府支出と借り入れ増加に対する懸念も引き続き円の下落圧力になっている。きょう予定されている40年利付国債入札が円にとって次の変動要因となる可能性がある。

◎日本株に短期的安心材料、相互関税15%は意義深い

<サクソ(シンガポール)のチーフ投資ストラテジスト、チャル・チャナナ氏>

打開への期待は低かったため、トランプ大統領の発表はやや上向きのサプライズとなり、日本株に短期的な安心材料を提供した。関税率がこれまで示されていた25%から15%に引き下げられたことは意義深く、特に自動車に関する詳細が依然として重要になるものの、輸出部門のセンチメントを押し上げるはずだ。

5500億ドルの対外直接投資(FDI)というヘッドラインは政治的な駆け引きとしてさほど材料視されないだろう。

今回の合意で日本は目先の関税激化を回避でき、トランプ氏は注意を他に振り向けるとみられる。

◎買い戻し先行、為替動向には目配り必要

<りそなアセットマネジメント ファンドマネージャー 戸田浩司氏>

ひとまず全体市場にポジティブな反応が見込まれ、ショートカバー(買い戻し)が先行しそうだ。個別関税まで含めて決着したのか判然としないが、自動車株なども、これまで空売りがあったことも踏まえると、ひとまず買い戻しが優位になるのではないか。

ただ、買い戻し以上に上値を買っていいかはまだ判断できない。新たな買いポジションを構築するには、内容やその影響を精査する必要がある。

日銀の政策判断への制約が、日米関税交渉の観点からは緩和する可能性があり、利上げへの市場の観測が高まってくるかもしれない。為替の動向には注意が必要になる。

◎日銀利上げ観測と財政懸念で金利に上昇圧力

<三井住友トラスト・アセットマネジメント シニアストラテジスト 稲留克俊氏>

トランプ米大統領による日米関税交渉で大規模合意との発表は、日本国債市場では主に2つのルートから売り(金利は上昇)圧力となると考えられる。

1つ目は、関税を巡る不確実性を理由にいったん慎重化していた日銀による利上げの思惑が高まることだ。関税を巡る不確実性が低下したとなれば、政策金利の影響を受けやすい中期債利回りに上昇圧力がかかるだろう。

2つ目は、石破首相の退陣が意識されることで財政懸念から超長期金利に上昇圧力がかかるというルートだ。けさの読売新聞によると、自民党総裁である石破首相は「米関税措置を巡る日米協議の進展状況を見極め、近く進退を判断する意向」という。今回のトランプ大統領の発表で関税の成否がみえた、となれば石破首相が退陣する可能性があり、財政拡張懸念から超長期国債の売り材料となる。

このほか、リスクオフ(投資家のリスク回避姿勢)の緩和に伴う「株高、債券安」という面ももちろんあるだろう。

ただ、1点気になるのは「日本が米国に5500億ドルを投資し、利益の90%を米国が受け取る」という部分だ。日本の成長率下押しにつながる可能性はないのか、単純に相互関税が25%から15%に引き下げられて良かったということでいいのか、今後詳細を確認する必要があると思う。

◎日銀の想定内、企業収益悪くなければ10月利上げも

<SBI新生銀行 シニアエコノミスト 森翔太郎氏>

相互関税が10%を上回るのはやむを得ないとの視点に立てば、15%での妥結は及第点と言える。

日銀の植田和男総裁はかつて10%超の関税を想定していると発言していたので、15%なら日銀が想定する範囲内とみられ、7月の展望リポートでは経済・物価見通しに大きな影響はないだろう。

利上げ時期を巡っては、関税がどういう税率で着地するかという点とその後に経済・物価・賃上げ機運にどう影響するかの2つの不確実性があった。今回関税率は決着したが、実際にどういった影響があるかは8月以降に発表される4―6月期の実質国内総生産(GDP)や法人企業統計などを見ていく必要がある。4―6月の特に企業収益がそれほど悪くなければ、10月に利上げに踏み切る可能性もあるのではないか。

◎日銀はしばらく様子見、国内政局が新たな不確実性に

<野村証券 エグゼクティブ金利ストラテジスト 岩下真理氏>

5月の日銀展望リポートでは米関税の前提を10―24%の真ん中で置いていたとみられ、15%での合意であれば7月の展望リポートでは成長率見通しを下方修正しなくていいのではないか。ただ、日本にとっての「霧」は少し晴れたが、ユーロ圏など他の国や地域はまだ交渉が続いている。日銀は不確実性が「極めて高い」としてきた。今回の合意で「極めて」は取ってもいいと思うが、不確実性はまだ残っている。

国内政局の混迷が新たな不確実性として浮上しており、日銀の金融政策はしばらく様子見ではないか。石破茂首相が辞任した場合、昨年の自民党総裁選に立候補した議員らが再び立候補するなら、誰がなっても財政拡張に行かざるを得ないだろう。連立政権を組み替えるとしても、財政出動に偏りやすい。金利が低下するシナリオが描きにくい状況。

経済の下振れリスクが残る中、物価の上振れだけでは日銀はすぐに動けない。利上げに追い込まれるとすれば円安の定着だが、今のところ為替はそういう動きになっていない。

◎15%関税の影響見極めへ、円は方向感模索

<JPモルガン・チェース銀行 為替調査部長 棚瀬順哉氏>

ドル/円はトランプ氏の投稿が伝わった後、条件反射的に円高へ一時振れた。参院選前は結果次第で150円乗せもあり得るとの見方もあっただけに、そうしたリスクシナリオが後退してきたことが、円の買い戻しにつながったのだろう。関税交渉の合意で日銀が利上げに動きやすくなったとの解釈もできる。

当面最大の注目点は、消費税減税の恒久化議論となるが、選挙結果を踏まえると、そのテールリスク発生確率は、さらに低下したと見られる。日本に課せられた関税率15%の影響はEU(欧州連合)など他地域・国との兼ね合いや、パススルー率などに大きく左右されるため、見極めに時間がかかる。

石破首相が辞意表明をするようなことがあれば、ドル/円は多少変動するだろうが、当面は金融政策やマクロ経済の推移を注視しながら、方向感を模索する展開になると想定している。

◎車関税15%は全体でプラス、石破政権続投か

<野村総研 エグゼクティブ・エコノミスト 木内登英氏>

相互関税15%であれば経済のマイナス影響が軽減されることは確か。25%の場合は0.85%GDP(国内総生産)が押し下げられるが、15%だと経済へのマイナス影響は0.66%に軽減される。ただ、自動車関税が15%で、さらに0.1%程度は下がるだろう。日本は自動車関税の撤廃求めていたが譲歩したということ。自動車も下げたということで、トータルで見るとプラスだと思う。

日本がどのような譲歩案を示したのか、従来の姿勢が変わっていないか、コメを含む農産品の大幅な輸入拡大等を約束していないのか、今回相互関税は合意としても、自動車関税の撤廃を引き続き求めていくのであれば、国内での評価は高まり、石破茂政権続投の可能性はかなり高まるだろう。トランプ政権にとって、より大事なことは米国の貿易収支改善なので日本が投資拡大を約束しても評価はされるかもしれないが、満足は得られないだろう。

日本側の譲歩と相互関税以外の自動車、この2点が今後の交渉のポイント。石破政権への国内評価も考えた上での今日の合意だったのだろう。相互関税で二国間合意はしても、今後、医薬品・半導体等で新たな関税をかけてくる可能性はある。農産品もこれまで通りトウモロコシや大豆の輸入拡大であれば国内での反発も出ないと思うが、さらに大幅な輸入関税率の引き下げ、特にコメが絡んでくると、国内で批判が高まり石破政権の求心力が下がってしまう。今回の合意を私は評価している。

◎GDP0.6%下押しの予測変わらず

<伊藤忠総研 武田淳 チーフエコノミスト>

このタイミングでの合意は、交渉期限が8月1日に迫る中、参院選が終わって、日本側にとっては農産品など交渉の制約が取れたことが背景にあるのではないか。米国側も、日本と合意できたことで他国との関税交渉にも弾みがつくということだろう。

日本は相互関税10%を目指して交渉していたと思う。これで、関税15%で譲歩したということになる。日本経済への影響について、相互関税は上乗せになった一方で、自動車関税は半減した。プラスマイナスがほぼ相殺しあい、今後1年間で0.6%程度成長率にマイナスになるとみていた当初の予測は変わらない。

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