コラム

安倍っぽかった鳩山演説

2010年02月01日(月)17時33分

「ファミリービジネス」である政治の世界に入る前、鳩山由紀夫首相は学問の世界にいた。元学究ゆえ鳩山の演説はしばしば抽象的になる。壮大な根本的方針は語っても、政策の詳細に踏み込むのは避ける。珍しいことに、鳩山の1月29日に施政方針演説で「友愛」は1回しか出てこなかったが、代わりに「いのちを守る」というテーマに関する内容が半分を占めた。

 昨年の衆院選のときから明らかだったが、鳩山の民主党は政治改革には熱心だが、経済改革の取り組みに具体性はない。デフレ克服が日本経済最大の課題のはずなのに、日銀とともに「協力かつ総合的な」政策を推進する、と語っただけ。おなじみの環境テクノロジー、抽象的な観光振興策、農業政策は農家の個別補償しかなく、地方分権をどう法案化するかも明らかでない。

 内政上の課題に比べ、外交に関する鳩山の言葉は政権の方向性を理解する手がかりになる。本質が抽象的で、法律化や規制があまり必要でないという外交の特性にもよるが、施政方針演説は政権が世界とどう関わろうとしているのかを知るヒントになる。

 鳩山政権の世界観とは、いったいどんなものなのだろうか。

 まず鳩山は日米同盟を重んじるゆえ、21世紀の諸問題に取り組むためその再構築を真剣に目指す立場を示した。普天間の米軍基地移設問題について短く触れた鳩山は、5月までに具体的な移設先を決定するという約束を改めて示し、沖縄県民の意思を尊重した解決策を目指すと語った。ただ重点が置かれたのは気候変動、核不拡散、そしてテロについて。戦争の抑止や地域の公益については語らなかった。

 鳩山の言う「重層的な関係」における安全保障にもっと触れてほしかったが、政権の意図するところは分かった。2国間の安全保障だけを見れば、力の強いアメリカが弱い日本に対して新たな役割と新たな能力を要求しているのだから、日米同盟はいかにしても対等にはならない。ほかの問題や、安全保障に関するより今日的課題を議論する両国の関係はもっと対等だ。

■アメリカが気にするアメリカ・パッシング

 次に、鳩山政権はアジアにおける日本の立ち位置を変えようと決意している。何十年もの間、日米同盟が日本のアジア対策の前提だった。今後は日米同盟をアジア政策にどう合わせるか考え出す必要がでてくる。今に始まった議論ではないが、鳩山政権になってより顕著になった。

 鳩山の施政方針演説やほかの演説からも分かるが、日本は中国との関係において「アメリカ・パッシング」しようとしているのではない。日本がアメリカの「ジャパン・パッシング」を憂慮した(している?)ように、アメリカも日本の中国接近を気にかけている。鳩山政権は中国と「戦略的互恵関係」(この言葉はもともと安倍晋三元首相が使ったものだ)を築きたいが、それは韓国、ロシア、インド、オーストラリア、さらにはASEAN(東南アジア諸国連合)各国とも同じだ。

 鳩山は日本がアジアで2国間、3国間、多国籍間の関係を構築し、世界やアジア地域共通の問題に取り組むことを望んでいる。その道のりには多くの障害が立ちはだかるが(特に国民は国内問題解決の優先を望む)、彼の言葉には鳩山政権が世界でどう行動するかが示されている。

■永遠のライバル「コイズミアン」

 おそらく演説から最も学べることは、民主党の政治基盤についてだろう。鳩山は、「いつ、いかなるときも、人間を孤立させてはならない」と語った。そのため政府は雇用を守り、非正規雇用者を守る規制を強め、女性や若者、高齢者ができる限り経済活動に参加し、彼らの能力を生かすようにしなければならない。疲弊した地方への支援も考えあわせれば、民主党はいつの日か労働者や孤立する人たち(利害が衝突する同士でもあるが)の政党になってしまうかもしれない。

 民主党の本質的なライバルは、中高所得者層や豊かな都市部や都市近郊に住む人たち、大企業の支援を受けた「コイズミアン」だろう。小泉純一郎元首相の信奉者が事実上自民党から追い出されたことを考えれば、自民党がそんな政党に変わるのは現状では難しい。不安定な経済情勢の中で、両党とも社会の周辺に追いやられた人たちの代弁者になろうとしているが、経済が復活すれば違いが明らかになる可能性は大きい。

 今回の施政方針演説を読むと、やはり演説で展望や見解を中心に語り(しかもカタカナの羅列)、具体的な政策に言及しなかった政治家一族出身の元首相、安倍晋三を思い出す。安倍と鳩山の世界観は明らかに違う。鳩山は少なくとも日本国民がいま直面している問題に関心がある。だが安倍と同じく、具体的な政策をつくり上げたり、政策案を現実化するために手を汚すことはしたくないらしい。

 具体的な政策に興味がなかったり、その実現に意欲を見せないリーダーが政治の世界で成功できるのだろうか。

[日本時間2010年01月31日(日)04時08分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story