コラム

普天間問題はオバマ政権の空騒ぎ

2010年01月13日(水)17時54分

質的変化 1月12日にハワイで会談した岡田とクリントンは普天間問題より日米同盟が重要だと強調したが
Hugh Gentry-Reuters


 岡田克也外相とヒラリー・クリントン米国務長官は1月12日、ハワイで日米外相会談を行う。日米間には昨年後半から緊張が漂っているが、日米安全保障条約改定50周年を今月19日に控え、同盟深化に向けた話し合いがされるだろう。

 米軍普天間基地の移設問題については、日本側の検討チームが現行案の辺野古(沖縄県名護市)以外の候補地を検討しており、アメリカは不本意ながらも当面、この問題を棚上げにするつもりのようだ。

 岡田との会談に先立って、クリントンは普天間問題より同盟関係のほうがずっと重要だと発言し、意見が対立する基地問題にこだわるよりも同盟の深化を議論したいと語った(国際政治学者のジョセフ・ナイも先日、ニューヨーク・タイムズ紙への寄稿で同じ主張をした)。

 オバマ政権は、もうそろそろ本気で危機的状況の回避に乗り出すべきだ。アメリカは、もっと分別ある行動を取る必要があった。米政府は、鳩山政権に課せられた制約を理解していると口先で言うだけでなく、そうした認識に基づいて冷静に対応すべきだ。そして、発足して間もない日本の新政権に対して選挙公約を破るよう圧力をかけるのは見苦しい行為だと認識すべきだ。

■日米を結びつける中国の脅威が変質

 アメリカに忍耐を求めたナイの提言は、タイミングも内容も適切だった。鳩山政権に対して高圧的な態度を取ることで「普天間問題に勝利しても、生じる犠牲が多すぎる」という警告も、同じく的を射ている。

 ナイは国務次官補だった1995年に、冷戦終結後の日米同盟の役割を再確認する「ナイ・イニシアチブ」を主導したが、日米関係の重要性を高めているのは、当時と同じく中国の存在だという主張も適切だ。「(中国を)統合するが、ヘッジする」とナイは書いている。

 ただし、問題は2010年が1995年とは違う時代だということ。日本の指導者と国民は今も中国の台頭を懸念しているが、日本経済は日米安保共同宣言が出された96年よりはるかに中国経済に依存している。

 どちらかといえば、中国が台湾への威嚇攻撃を行った96年のほうが今よりも、中国の脅威は明白だったように思える。現在の中国は、先進国が経済危機から立ち直れず苦しむなかで経済成長を続け、軍備の近代化も進めている。

 同時に、安全保障における日米同盟の価値は95年より低下している可能性もある。日米同盟に価値がないという意味ではないが、同盟の条件が変わったのは確かだ。

 アメリカが中国に強硬姿勢を貫かない可能性がある以上、日本はもはや、中国が凶暴化した際の保険として日米同盟に頼りきることはできない。クリトンが米中関係を「世界で最も重要な二国間関係」と呼ぶ時代を迎え、日本が中国だけでなく、他のアジア諸国とも良好な関係構築を望むのは当然だろう。

■鳩山が進めるアジア多国間外交の意味

 普天間問題をめぐる確執のせいで、鳩山が進めている多国間外交に注目が集まりにくいが、インド訪問やロシアとの北方領土協議(1956年に日ソ共同宣言に署名した鳩山一郎の孫である現首相にとっては特に重要な課題だ)、韓国との関係深化など、重要な案件が進行している。

 日本外交を「アメリカか中国か」の二者択一とみなしている批評家は、日本がどちらにも依存せず、むしろ双方と良好な関係を築こうとしている点(二重の保険だ)、さらに米中が対立したり協調した場合に備えてアジア諸国とも緊密な関係を構築しようとしている点を見逃している。

 こうした外交努力が実を結ぶには時間が必要だが、鳩山政権には明確なビジョンがあり、アジアにおける日本の影響力を強化する必要性を認識している。また、戦時補償の意思やアジアとの経済的連携を強める意欲を改めて表明することで、鳩山政権はアジア中心の外交政策を進めつつある。

■結果的に「第7艦隊で十分」になるかも

 今後の日米関係の課題は、こうした流動的なアジア情勢において日米同盟がどんな役割を果たせるのかという点にある。日米が他の民主国家と共同戦線を張って中国を平和的に取り込むという期待は、非現実的であることが明らかになってきた。

 代わってアジアで最も顕著な対立軸となったのは、米中とアジアの中小国の対立だ。したがって、安全保障面での日米連携は縮小され、普天間問題はから騒ぎにすぎないことが一段と明白になるだろう。

 日本の防衛と米軍の軍事的プレゼンスを支える安全保障を中核にしつつ、政治的、経済的には緩やかに連携し、気候変動や核不拡散などのグローバルな課題では緊密に連携し合う──。これが、日米関係の未来像なのかもしれない。

 アメリカがいつまでアジアに軍を配備し続けるつもりか、そして日本政府が米軍の駐留経費をどこまで肩代わりするつもりかという点はまだわからない。だが、極東における「米軍のプレゼンスは第7艦隊で十分」という小沢一郎の昨年の発言が結果的には正しかったということになる可能性もある。

 こうした変化が起きるには長い年月が必要だし、そうなると決まっているわけではない。何らかの重大な外部要因によって、ここで想定したのとは違う方向に関係各国が向く可能性もある。

 だが、96年に描いた夢が消え去ったのは確かだ。今後の日米関係は、日米安保共同宣言が出された96年や、ブッシュ政権の軍事作戦を支持した小泉政権時代に両国の関係者が期待した形ではなく、より緩やかで、安全保障だけに頼らない関係に姿を変えていくだろう。

[日本時間2009年01月12日(月)14時54分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

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