コラム

米最強のロビー団体、全米ライフル協会が存続の危機に陥った理由

2021年01月30日(土)15時00分

資金流用疑惑が取り沙汰されるラピエール副会長 LUCAS JACKSON-REUTERS

<増え続ける非白人を脅威に思う地方の貧しい白人層に働き掛け、共和党の政治家には多額の献金──アメリカ政治に絶大な影響を及ぼしてきたNRAが窮地に追い込まれている>

全米ライフル協会(NRA)は過去40年間、アメリカ政治と共和党に最も大きな影響を与えてきたロビー団体と言えるかもしれない。毎年約4万人が銃で命を落としているにもかかわらず、多くのアメリカ人が銃を「自由」の象徴と見なしているのは、NRAの力によるところが大きい。

だが今、NRAは最大の試練に直面している。1月15日、NRAはニューヨーク州司法長官が起こした訴訟から逃れるため連邦破産法11条を申請し、登記先をニューヨークからテキサス州に移転すると発表した。

合衆国憲法が保障する個人の「武器を保有する権利」を声高に主張する強硬派がNRAの主導権を握ったのは1977年。彼らはそれ以来、銃規制は「全ての個人の自由」を奪う行為だと主張してきた。

NRAの影響力は絶大だ。会員数は自称500万人。年間予算は約3億ドル(2013年)。アメリカには現在、人口100人当たり121丁の銃があり、所有率は世界で最も高い。銃による年間の死者は、比率で言えば他の先進国の25倍に達する。それでも「武器を持つ権利」への支持は過去20年間で34%から52%に上昇。逆に銃規制への支持は57%から46%に低下した。

その力の源泉は恐怖とマネーだ。NRAは人種や国籍、文化の多様化が進む都市部の非白人に脅威を感じる地方の貧しい白人層に働き掛け、銃を彼らのアイデンティティーの一部とすることに成功した。さらに銃規制支持派の40倍以上の金を使い、何百人もの共和党政治家に多額の寄付を行ってきた。現在、民主党支持層の91%と無党派層の59%が銃規制強化に賛成しているが、共和党支持層の賛成は32%にすぎない。

そのNRAが今、149年の歴史で最大の窮地に追い込まれている。原因は上層部の腐敗と財政難、銃規制派の法的戦略だ。

ここ数年、NRAでは30年前から副会長を務めるウェイン・ラピエールの資金流用疑惑が取り沙汰されてきた。団体の資金をデザイナー仕立てのスーツや自分用の豪邸、贅沢な海外旅行、豪華なヨットにつぎ込んでいたというのだ。しかも、同時期にNRAは収入が大幅に落ち込んだ。そのため2016年には5440万ドルを共和党候補に献金を行っていたが、2020年の献金額は920万ドルに激減。NRAは20%の人員を一時解雇し、週休3日制の導入を決めた。

アメリカの裁判所は数十年間、「武器を保有し携行する国民の権利を侵害してはならない」という合衆国憲法の規定に基づき、銃の所有権をおおむね支持してきた。だがラピエールの資金流用疑惑とNRAの財政難が、銃規制派にチャンスを与えた。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア中銀、ユーロクリアを提訴 2300億ドルの損

ワールド

中国が岩崎元統合幕僚長に制裁、官房長官「一方的措置

ビジネス

フジHD、33.3%まで株式買い増しと通知受領 村

ビジネス

アングル:日本株の年末需給、損益通算売りの思惑 グ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story