コラム

カニエとトランプは2人とも「アップルパイと同じくらいアメリカらしい」

2020年07月17日(金)16時15分

かつてはトランプ支持を明言していたカニエ ANDREW HARRER-BLOOMBERG/GETTY IMAGES

<ヒップホップ界のスター、カニエ・ウェストの大統領選への立候補は驚くようなことではない。ウェストの行動が映し出す今日のアメリカ社会の実像とは>

今も昔も民主主義国で選挙に臨む政治家は、高邁な理念に見せ掛けて、常に有権者の自己愛と利己心、そして恐怖心に訴え掛けようとしてきた。普通の国民が社会の価値観を形づくる時代の政治は、バーで酔っぱらいがわめき散らすざれごとに似てくる。

その点では、このドナルド・トランプの時代に、ヒップホップ界のスター、カニエ・ウェストが大統領選への立候補を宣言したのはそれほど驚くようなことではないのかもしれない。

これをシュールな茶番劇として片付けるのは簡単だ。しかし、ウェストの出馬表明はアメリカの政治と社会の本質を浮き彫りにしている。

好意的に解釈すれば、これまで彼が作品で取り上げてきた不正義を是正したいという使命感に駆られて行動したと見なせなくもない。ウェストの曲は、社会でまかり通る不正義と、抑圧と疎外の中で痛みと不信を抱きつつも人生の意義と喜びを見いだそうとする個人の苦闘を描き出している。その半面、ウェストは、自らが提起してきた問題にどのように対処すればいいかという一貫した考えを持ち合わせていない。

米社会のエリート嫌悪を象徴

7月4日の出馬表明は、その4日前に新曲「ウォッシュ・アス・イン・ザ・ブラッド」をリリースしたタイミングで注目を集めることが目的だったようにも思える(この曲は、人種的不正義と黒人の怒りを表現しつつ、黒人の勇気と決意をたたえるパワフルな作品だと思う)。

出馬表明は、大統領選でトランプの再選を助けるための行動だという見方もある。黒人であるウェストが反トランプ票、とりわけ黒人票を吸い上げることにより、民主党のジョー・バイデン候補の得票を減らすことをもくろんでいる、というわけだ。

もっとも、アメリカの黒人のうちでウェストを好意的にみている人は約9%にとどまる。この反応は意外でない。彼はトランプ支持を明言していて、2年前にはアメリカの奴隷制度を肯定するかのような発言をしたことがあるからだ。いま有権者の関心は、新型コロナウイルス、失業、黒人に対する警察の暴力に向いている。

そもそもウェストは、大統領選に立候補するために必要な手続きや政治的準備を進めていない。それでも、本当に出馬するかはともかく、少なくとも望みどおり(一瞬にせよ)スポットライトを浴びることはできるだろう。

【関連記事】カニエ・ウエスト、迷走する大統領選出馬の真相

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=円が軟化、介入警戒続く

ビジネス

米国株式市場=横ばい、AI・貴金属関連が高い

ワールド

米航空会社、北東部の暴風雪警報で1000便超欠航

ワールド

ゼレンスキー氏は「私が承認するまで何もできない」=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 9
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story