コラム

『シン・ウルトラマン』を見て的中した不安

2022年05月18日(水)10時36分

「神は細部に宿る」とはその通りで、このような台詞ではなく、映像で説明する映画的演出の細部の積み重ねが、結局、大きくその作品の完成度を決定していく。例えば、本作最大の悪役であるメフィラス星人(山本耕史・役)が、神永と居酒屋のカウンターで飲むシーンがある。山本耕史氏は特筆すべき当たり役で、メフィラス星人の紳士性と狡猾さを良く演じている。これは良いとしても、会計の段になった時にメフィラス星人が神永に「割り勘」を提案する。

その際、メフィラス星人が懐から財布を出す。果たしてメフィラス星人はクレジットカードで支払うのか、ペイペイで支払うのか、現金で支払うのかに注目したが、肝心の支払いを具体的には何で行うかを示さないまま、シーンが終わってしまう。居酒屋の会計でどのような支払い手段を用いるかは、メフィラス星人がこの段階でどの程度、地球人類の市民生活に溶け込んでいるかを示す絶好の映画的演出になるはずだが、それをまったく映さない。

細部を描いたエヴァ

『新世紀エヴァンゲリオン』では、葛城ミサトがどのような構造の住宅に住んでいるかまでを初期段階で描く。更にその間取りに和室があるという設定が、「ジェリコの壁」というアスカの台詞に物理的な説得性を与える。寝室の構造が和室、という演出が無ければ「ジェリコの壁」という脚本の台詞は具体性を失うのである。

これらは使徒との対決には直接的関係を持たないが、これがあるからこそエヴァに搭乗するパイロットたるシンジ、後同居人となるアスカが、どの場所からネルフに出勤しているのか、についての脚本上の説得力や位置設定を、結果として飛躍的に高めることになっている。本作にあって、生活描写の中では最も重要な「支払い」の部分を描いておきながら、具体的にはそれが何で実行されているか示さないのは、端的に「もったいない」と感じた。

こういった細部の積み重ねが、架空の存在であるはずのメフィラス星人の実在性を高めていく演出になるはずだが、それがない。そしてそういった細部の演出は、ほんの数秒をインサートすればよいだけで、全体的な制作スケジュールに支障を与えるとは到底思えない。こういったところが本作の映画的演出力の弱さを物語っているのではないかと思う。であるがゆえに、物語の推進力が後半に行くにしたがって弱くなっている。細部の演出の積み重ねによる世界観の基礎的構築がなされていないのがその原因である。細部に異様な拘り(かつそれを極短カットで)をみせた『シン・ゴジラ』とは、遺憾ながら比較の地表に立っていないのではないか。

辛辣にはなったが、とは言え全体としては、構成上大きく矛盾しているとか、大きな停滞があるとか、というシークエンスは無いので、「観る価値があるか、否か」でいえば当然前者ということになる。ただし庵野氏が本作の監督であったら、全く同じ筋でも、まるで違う作品となっていたのではないかとは思う。つくづく、映画は演出がすべて(に近い)と思った次第である。『シン・ウルトラマン』、是非劇場等で見ることをお勧めしたい。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾との平和的統一の見通し悪化、独立「断固阻止」と

ワールド

北朝鮮、韓国に向け新たに600個のごみ風船=韓国

ワールド

OPECプラス、2日会合はリヤドで一部対面開催か=

ワールド

アングル:デモやめ政界へ、欧州議会目指すグレタ世代
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    キャサリン妃「お気に入りブランド」廃業の衝撃...「肖像画ドレス」で歴史に名を刻んだ、プリンセス御用達

  • 3

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...すごすぎる日焼けあとが「痛そう」「ひどい」と話題に

  • 4

    ウクライナ「水上ドローン」が、ロシア黒海艦隊の「…

  • 5

    ヘンリー王子とメーガン妃の「ナイジェリア旅行」...…

  • 6

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 7

    ロシアT-90戦車を大破させたウクライナ軍ドローン「…

  • 8

    1日のうち「立つ」と「座る」どっちが多いと健康的?…

  • 9

    米女性の「日焼け」の形に、米ネットユーザーが大騒…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 4

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 5

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 6

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 7

    仕事量も給料も減らさない「週4勤務」移行、アメリカ…

  • 8

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 9

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story