コラム

「NO」と言えなかった石原慎太郎

2022年02月15日(火)20時18分

とりわけ2012年の、東京都尖閣諸島購入計画(基金)で、ネット保守は石原に喝さいを浴びせたため、そういった保守系雑誌への露出が多くなっていった。特に石原が都知事を2012年10月に辞してから、同年『太陽の党』を設立。そのまま維新に合流するなどの紆余曲折を経て、2014年に『次世代の党(当時)』の最高顧問に就任するや、石原の保守界隈での露出は最高潮に達した。

もっともそれは個人がコントロールする動画ではなく、保守系雑誌でのインタビューやら、対談という形式で行われたのが概ね基礎である。編集者や出版社が忖度したのか、はたまた読者がそれを求めたのか。それに対し石原も忠実に応えたのかは分からないが、石原は都知事を辞してから、既存の保守界隈や、それに連なるネット保守に対し、まったく「NO」と言うことはなかった。すでに述べたような「三国人発言」を筆頭とするように、石原の中には確固としたアジア主義が存在していなかったためであろう。だから石原は、ゼロ年代を経由して2010年代に繁茂したネット上のヘイトスピーチや、2020年代に入るやそれがますます(巧妙に)熾烈になり、臆面もなく引用する、所謂「保守系言論人」に対し、最後まで「NO」と言うことは無かった。

石原がとりわけ、何の因果や個人的経験を以て在日コリアンや韓国・中国人に対する蔑視感情を持っていたかの根拠はわからない。しかしはっきりと、彼は晩年まで、とりわけ21世紀に入って熾烈になったヘイトスピーチや、それを微温的に黙認する保守界隈の風潮に「NO」と言わなかった。

「NO」と言った西部邁

石原より先に天国に行った、保守系論客として批評家の西部邁は、一見すると石原と同じような「反米反ソ(反共)」の新右翼の系統のように見えるが、西部が新右翼の正統派であるからこそ、彼は21世紀の保守界隈の惨状に絶望していた感が濃厚であった。私は西部の晩年、直接彼にお会いしたことがった。西部は「愛国とヘイトが両立している保守界隈」を異常であると喝破し、名前は出さないものの(...実際にはかなり出していたが、ここでは詳述しない)、数々の保守団体を「単なる馬鹿だ」と言ってのけた

西部は、時としてヘイトスピーチに汚染されがちな保守界隈に対し、とりわけ東日本大震災以降「NO」を顕著に言い続けた。最期まで、ネット界隈で人気の「保守系言論人」を、その教養水準からして哀れみ、彼らの「ファン」も心底軽蔑していた。しかし石原は、私の記憶するところでは、西部が「NO」と言った保守界隈にも、ネット空間にも、ついに「NO」を言うことなく逝った。既存の保守界隈にも、ネットに対しても、「NO」と言えなかった石原慎太郎の実像は、客観的に事実である。石原の評価は、後世の歴史家に委ねられるだろう。


※当記事はYahoo!ニュース個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:米政界の私的チャット流出、トランプ氏の言

ワールド

再送-カナダはヘビー級国家、オンタリオ州首相 ブル

ワールド

北朝鮮、非核化は「夢物語」と反発 中韓首脳会談控え

ビジネス

焦点:米中貿易休戦、海外投資家の中国投資を促す効果
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 8
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 9
    【ロシア】本当に「時代遅れの兵器」か?「冷戦の亡…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story