コラム

エヴァと私の26年

2021年04月14日(水)19時00分

朝5時ごろ、ようよう夜が白じみ始めてきた頃には、東宝公楽の前の列は三重四重にとぐろを巻き、朝7時に警備員が出勤してくると、すでにその時点で目算で千人近い青少年や大人がスクリーンが幕開けるのを今や遅しと待ち構えており、同時刻を以て「夜の回まで全部満席」という触れ紙が張り出される前代未聞の驚嘆すべき光景が現出したのである。これを本当の社会現象と言う。これに比べたら、昨今の「社会現象」というのはまるで児戯に等しい。劇場版本編よりも、極寒のススキノで10時間以上列を作りながら、冷気に震えつつ学友らとあれやこれやと談笑に耽った思い出の方が、私の脳裏に強烈に焼き付いている。

嗚呼、ここにエヴァ完結す

あれから26年が経った。私は関ケ原戦役における加藤清正と同じ齢38歳になった。今次シン・エヴァンゲリオンで以てエヴァは堂々完結を迎えた。本作を観て「まだ続編がある」と期待している者がいたとしたらそれは庵野監督の意図を全く読み取れていない。外伝的な展開はあろうかもしれないが、庵野監督は正真正銘エヴァの歴史にピリオドを打った。その威風堂々たる終焉にあって私は客席で独りむせび泣いた──嗚呼、ここにエヴァ完結す。この物語は庵野監督自身の自伝であり、そしてまたエヴァと共に時を重ねてきた一億エヴァファンの自伝と同義なのである。

ちなみにあれだけ列を作った東宝公楽は2010年を以て閉館し、現在では「ラウンドワン札幌すすきの店」として全く近代的な巨大ビルに変貌して往時の面影はない。しかし私は、いつでもありありと瞼の奥に在りし日の東宝公楽の姿と、その漆黒の中に列をなした善男善女の滾る熱情を再生することができる。1997年3月16日朝5時、少年古谷は払暁を背景に黒く浮かび上がる電柱のシルエットを観て「俺は将来、映画監督になる」と絶対決意した。ところがどっこい、なぜだか私は物書きになったのであった。歓呼三声、それや―、エヴァンゲリオン万歳!々々。

ニューズウィーク日本版 コメ高騰の真犯人
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月24日号(6月17日発売)は「コメ高騰の真犯人」特集。なぜコメの価格は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イランの遠心分離機製造施設2カ所に被害=IAEA

ビジネス

ECB、「柔軟な」アプローチ維持 中東情勢と米通商

ビジネス

中国、科創板に成長セグメント新設へ 技術革新を後押

ビジネス

英CPI、5月は前年比+3.4%で予想と一致 原油
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火...世界遺産の火山がもたらした被害は?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 6
    【クイズ】「熱中症」は英語で何という?
  • 7
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 8
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 9
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 10
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story