コラム

瀬戸大也、不倫で五輪出場絶望的? 繰り返される「道徳自警団」の集団リンチで問われる日本の民度

2020年10月12日(月)15時55分

日本では明治国家が西洋を範とした近代法を確立させたが、その法体系の中にはまだまだ前近代の道徳観に基づく世界観が温存されていた。家長の絶対的な権威を既定したイエ制度がそれで、近代法の中に家長の権限が明記されていた。家長は、特に家族の婚姻同意権という絶大な権力が明記されていた。これは前近代からの儒教的道徳心がそのまま法の中に反映されたものである。

だが明治国家が敗戦を迎え、GHQを主導とした民主的改革が実行されると憲法は日本国憲法に改正され、家長の権限は喪失した。このようなイエ制度の消滅によって、当時の人々が最も憂慮した問題は、「家族の崩壊」であった。家長の同意なき婚姻が横行すると、家族制度が根幹から揺らぐという懸念であった。だがその心配は杞憂であった。実際には、明治国家でも、前近代でも、家長の同意のない駆け落ちや心中が横行していたからである。

瀬戸の財産権侵害にも当たる

さて、このような人類社会の歩みを見ていくと、昨今の「道徳違反」による社会的生命の事実上の剥奪は、畢竟中世社会への退行であると言える。現在の日本の法律に、不倫を国家が刑事的に裁く条文は無い。不倫をされた側の配偶者等が民事で相手方に慰謝料を請求することができるが、これはあくまで民事事件であり犯罪ではない。よって現在の日本社会では、国家が不道徳・不倫を裁かない代わりに、社会が宗教的道徳心の代弁者となって私的制裁を加える(契約解除やCMからの降板など)という、摩訶不思議な「代理制裁」がまかり通っている。

事実上、今の日本社会で展開されている道徳違反者に対する制裁はリンチであり、実際には選手や俳優の出場や出演が停止されるのだから、財産権を侵犯しているのと同じである。財産権の侵犯という重大な権利侵害行為が、国家権力ではなく個人の私的制裁によって堂々とまかり通っているのだからこれは異常である。すでに述べた通り、西欧社会は近代化の過程で宗教的権威があたえる道徳価値観と、世俗での刑事罰を完全に分離しているので、有名人や芸能人の「不道徳」に起因するスキャンダルは、その人の社会的生命を抹殺するというレベルには到底至らない。アンジェリーナ・ジョリーがブラッド・ピットを不倫の上略奪しても国連特使を務めているし、映画出演のオファーが減ることは無い。イタリアのベルルスコーニ元首相は乱交パーティーのスキャンダルが報じられたが、それと政治家の能力は別とされた。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

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