コラム

「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

2024年04月23日(火)19時57分

北村氏の裁判の判決文で画期的なのは、雁琳氏のカンパについても言及していることだ。いわく、雁琳氏が「本件訴訟のために公然といわゆるカンパを募ることは」原告を貶める「同調者をあおるものといえる。これらは、原告の慰謝料増額事由として評価すべきである」。

その結果が、原告側の要求330万円に対し、220万円の支払いを求める決定なのだ。これは、誹謗中傷によって耳目を集め、多額のカンパを獲得するビジネスモデルに対して、慰謝料増額事由に相当する可能性を示す、注目すべき判決だといえる。北村氏自身も次のようにコメントしている。

「このようなビジネスモデルを放置しておくことは世の中全体に悪い影響を与えます。そのままにしておくと真似をする人も出るでしょう。今回の判決で、こうした他人を煽ってお金を集める行為が勘案されたのは画期的なことだと思っています。今回の判決が、ネットで中傷を受けている方々にとって良い先例となることを祈っております」。

「誹謗中傷ビジネス」を止める第一歩

もちろん、この判決は第一審にすぎず、雁琳氏が控訴した場合、覆る可能性は残っている。またこの判決を、カンパによって訴訟費用を集めた他のあらゆる裁判に単純に当てはめることができるわけでもない。さらに、雁琳氏の自己申告が正しいとするなら彼は450万円を集めたわけであり、220万円と他の経費を支払ってもなお、それなりの額が手元にのこる計算になる。このことから、こうしたビジネスモデルが直ちに成り立たなくなるかといえば、そうではないだろう。

しかし、この判決は長い道のりの第一歩となるだろう。このビジネスモデルは、多くの人の悪意を幅広く集積することによって成立する。そしてその悪意が向けられるのは、多くの場合、フェミニズムのような、既存の社会に内在する差別を糾弾する少数派の権利獲得運動だ。つまり誹謗中傷の収益化に反対することは、差別に対する戦いの一部でもあるのだ。

20240521issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月21日号(5月14日発売)は「インドのヒント」特集。[モディ首相独占取材]矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディの言葉にあり

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米小売売上高4月は前月比横ばい、ガソリン高騰で他支

ワールド

スロバキア首相銃撃され「生命の危機」、犯人拘束 動

ビジネス

米金利、現行水準に「もう少し長く」維持する必要=ミ

ワールド

バイデン・トランプ氏、6月27日にTV討論会で対決
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story