コラム

武蔵野市の住民投票条例で噴出した外国人投票権「陰謀論」

2021年12月17日(金)14時55分

外国人参政権の話題になると、即座に「国(自治体)が乗っ取られる」という妄想のような意見が寄せられる。しかしそのような意見は、大抵が上述のような実行手段の困難さが全く考慮されていない。また、先行して住民投票条例を可決した自治体でも、そのような現象が起こっていないということからも、地域を乗っ取られるという思考には根拠はないのだ。

ホラー小説化する外国人嫌悪


一般論として外国人参政権は自明な権利とはいえないので、その拡大には個別の議論が必要だ。しかし外国人参政権を「外国人に国を乗っ取られる」という理由で一律に否定するような外国人嫌悪(ゼノフォビア)は、マジョリティの過剰な防衛本能に由来すると考えられる。

クトゥルー神話で有名なホラー作家ラブクラフトは、人種差別主義者であったことが知られている。彼の小説に登場する半魚人のようなグロテスクな生き物たちは、20世紀前半のアメリカに大量に流入してきた移民への恐怖がモチーフになっていると読み解くこともできる。マジョリティにとって外国人はホラーであり、そのような心理が前提にあるから、「国を乗っ取られる」というようなホラー小説じみた非合理的な妄想も直感的に受け入れることができてしまうのだ。

しかし現実は、マイノリティのほうこそ、こうした外国人嫌悪が誘発するマジョリティの暴力に怯えている。この暴力を現実化させないためにも、外国人参政権について議論する場合は、まずはマジョリティの恐怖から来る非合理的な妄想は取り除いてから行う必要がある。

外国籍住民の増加という現実への対応を

外国籍住民への投票権付与は、かれらを地域社会へと包摂するためにも役立つ。

地域差はあるにせよ、自分が住む地域に外国籍住民がいる、という状況は、現代の日本ではまったく珍しくなくなっている。一方で入管問題や技能実習生の問題など、外国人の人権がほとんど顧みられていない現状があり、意識と制度の両面での改善が必要になっている。

現在はコロナ禍の入国規制で外国人の新規入国が止まってはいるが、日本政府は特定技能制度の拡大によって家族を含む外国人労働者を増加させる方針を示している。外国人にとって現在の日本に移民を検討するだけの魅力があるかはともかく、日本側からみれば、少子化が止まらない以上は社会を維持するために国を開いていかなければならない。このトレンドには、しばらく変化はないだろう。

そうであるならば、外国籍の住民の権利を守り、かれらをいかに包摂していくかが マジョリティたる日本市民の責任となる。子どもの教育や言語など生活面のサポートも考える必要もあるだろうし、日本社会が多様性を認めるよう変化する必要もある。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

EUの炭素国境調整措置、自動車部品や冷蔵庫などに拡

ビジネス

EU、自動車業界の圧力でエンジン車禁止を緩和へ

ワールド

中国、EU産豚肉関税を引き下げ 1年半の調査期間経

ビジネス

英失業率、8─10月は5.1%へ上昇 賃金の伸び鈍
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 9
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 10
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story