コラム

タリバンを野蛮と切り捨てる危うさ

2021年08月24日(火)14時24分

2001年から始まるアメリカ軍侵攻に始まるアフガニスタンの混乱、いやさらに遡れば1979年のソ連軍侵攻に始まる無秩序がアフガニスタンの人々にとっての最大の苦悩だったとき、ターリバーンはそうした人々に、内容はともかく、一つの秩序を与えることに成功した。さらにその秩序は、多くのアフガニスタンの人々にとっての伝統的な生活に即していたのであった。

しかしその秩序の中には、女性差別や泥棒の手を切り落とすといった反人権的な「因襲」も含まれているのだ。女性への暴力や抑圧は旧政府時代から多発しており、2014年には事実上、家庭内の暴力について告発を無力化するような法律が可決されている。構造的暴力は2001年からずっと解消されていなかったといえる。ターリバーンを過度に原理主義的なテロ集団とみなす視点は、こうした構造的問題を見落としてしまう可能性がある。

反普遍主義者の同盟

人権や自由、平等、個人の尊重といった、普遍的価値観を苦々しく思う勢力は、どの国にもいる。たとえば日本にも女性に教育は必要ないとする価値観はあって、それが先進国には珍しい大学進学率の男女格差や、医学部や都立高校などで明らかになった入試差別となって現れている。こうした反普遍主義的な価値という点で括るなら、ターリバーンの政治は各国の保守・右派勢力が期待するものと似通ってくる。

ターリバーンのような勢力と、先進国の政治的右派を反普遍主義という立場でまとめるのは、けして無根拠な仮定ではない。海外報道によれば、現在、欧米の右翼の中でターリバーンへの評価が高まっているという。それはターリバーンの勝利が、アメリカ及び「国際ユダヤの陰謀」の敗北を意味するからだというのだ。

欧米の右翼といえば、反イスラームを旗印に、ムスリムの移民や難民の排斥運動を行なっているというイメージが強い。しかし大抵の右翼なるものは、自分たちの文化規範に従わない余所者だけでなく、普遍主義を「押し付ける」アメリカのグローバリズムについても脅威に感じている。その際、自分たちとは直接関わらない、遠き大地のイスラーム主義と共闘することは吝かではないのだ。

差別を暴力で押さえ込むことは難しい

しかしこうした差別主義の同盟に対して、曲がりなりにも「グローバル」な価値観をアフガニスタンに植え付けようとしたアメリカが正しかったわけでもない。旧ターリバーン政権を崩壊に至らしめたアメリカのアフガニスタン侵攻は、アル・カイーダに対する報復戦争だった。この戦争によって、アメリカ同時多発テロでの死者約3000人の10倍以上のアフガニスタンの民間人が死亡し、さらにその100倍の難民が生まれた。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、鉄鋼生産抑制へ対策強化 電炉や水素還元技術を

ビジネス

米総合PMI、10月は54.8に上昇 サービス部門

ビジネス

米CPI、9月前月比+0.3%・前年比+3.0% 

ワールド

加との貿易交渉「困難」、トランプ氏の不満高まる=N
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...装いの「ある点」めぐってネット騒然
  • 2
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月29日、ハーバード大教授「休暇はXデーの前に」
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 5
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 6
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 9
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story