コラム

菅政権、次は「日の丸損壊罪」を新設か

2021年01月28日(木)11時30分

しかしその政府答弁に反して、その後各地の教育現場で日の丸・君が代の強制が始まったことは知られている通りだ。裁判闘争においても、思想・良心の自由は侵害され続けている。

アメリカの事例

アメリカ合衆国には自国国旗損壊罪があるが、それを適用するのは違憲とされ続けている。1989年の判決では、国旗の象徴性を保護するために政治的抗議として国旗を焼却した者を罰することは許されないとし、またそれは国旗が象徴する自由とも矛盾するとした。後者の理由は残念ながら日本には適用しがたいかもしれない。星条旗やフランス三色旗やドイツ三色旗は、自由や民主主義を象徴する旗だが、日の丸はそうではないからだ。

政治的抗議のために国旗を焼く表現行為は市民に開かれている。アメリカ合衆国の選挙問題に取材したドキュメンタリー映画『すべてをかけて:民主主義を守る戦い』(2020年)でも、ジョージア州の大統領選・上院選での民主党勝利の立役者とされるステイシー・エイブラムスが、かつて星条旗を焼くパフォーマンスをしたことがあると証言している。

沖縄国体での日の丸焼き捨て

日本における日の丸損壊事件で有名なのは、1987年の沖縄国体における知花昌一による日の丸焼却事件である。当時の沖縄では日の丸掲揚への抵抗があり、ソフトボール会場となった読谷村は日の丸を掲げないよう要請していた。しかし当日、掲揚が「強硬」された日の丸に対して、知花はポールに上り、日の丸を引きずり降ろして火をつけた。知花は「器物損壊罪」で起訴され、1995年に執行猶予付きの有罪判決を受けた。

ここで重要なのは、知花は、少年時代は日の丸を積極的に降っていたということだ。アメリカ軍政下にあった沖縄では、日本「復帰」運動はある種の解放運動として期待されていた側面がある。ここで日の丸は、一種の自由の旗となっていた。

しかし日本「復帰」以後は、沖縄人民の期待に反して基地は残り、不平等な「地位協定」も残った。「本土」では、沖縄県民に対する差別意識もあった。こうした中で、日の丸への期待は失望へと変わった。アジア太平洋戦争時に「本土」によって「捨て石」とされた記憶が、現在と接続する歴史として蘇ってきた。「日本」はいつも、沖縄に日の丸を権威主義的に押し付ける。日の丸焼き捨ては、このような背景のもと起こった。

自国の「国旗」を損壊する権利

あらゆる国家について言えることだが、そもそもいかなる国家の象徴だろうと、それに対して市民を平伏させる権利は国家にはないし、平伏する義務も市民にはない。「その国の人間であれば自国の国旗国歌を尊重するのは当然」という言説は、危険なナショナリズム・イデオロギーだと指摘せねばならない。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

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