コラム

この夏、冒険の尻拭いは自己負担で

2010年07月07日(水)17時02分

pa_040710.jpg

負担は誰が? 最年少のヨット世界一周に挑戦して一時遭難したサンダーランド(6月26日、レユニオン島)
Laurent Capmas-Reuters

 フランス議会は現在、フランス人が旅行中に危険な目に遭い、救援された場合にはその費用を自己負担にするという法案を審議している、と英ガーディアン紙が報じた。もちろん、この法案が持ち上がった背景には、ソマリア沖にたびたび出没する海賊たちの存在がある。


 旅行者の救援費用を負担することにうんざりしたフランス政府は、法案提出に踏み切った。法案が成立すれば、危険な地域に「正当な動機」もなく故意に侵入したと思われる旅行者に対し、政府は「国外での救援活動にかかった費用のすべてもしくは一部」の返済を求めることができる。

 フランス外務省によると、世界中で誘拐やハイジャック、政情不安がはびこるなか、フランス人旅行者の間に「責任をもつ文化」を広めることが法案の狙いだ。救援に伴う緊急帰国費用などを自己負担する可能性を考えれば、人々は軽率に危険地域に踏み込みことはないだろうと、外務省は期待する。もちろん、身代金は自己負担費用に含まれない。フランスは、国家として身代金の支払いに応じることは絶対にないと主張しているからだ。

 休暇中にトラブルに巻き込まれた旅行者を助ける場合、その費用は誰が負担すべきか――この議論に火を付けたのは、近年、フランス政府が国外で行っているいくつかの救援活動だ。

 昨年は、ソマリア沖でフランス人が乗ったヨットが海賊に乗っ取られ、フランス軍特殊部隊が人質救出に駆り出された。この救出作戦中、人質だったヨットのオーナー、フローラン・ルマソンが銃弾を受けて死亡。ヨットの乗組員たちがこの地域の危険性について再度警告を受けていたにも関わらず航行を続けたと、フランス政府は憤慨した。


■ジャーナリストや救助隊員は例外か

 ガーディアンによれば、ドイツには救援費用を請求できるような仕組みがすでにある。昨年は、コロンビアで人質になった女性バックパッカーが、救出時のヘリコプター輸送費用として1万2000ユーロ(当時のレートで約160万円)を政府から請求されている。

 面白いことに、フランスは海で遭難した「外国人」の救出費用なら進んで負担するらしい。6月10日、世界最年少のヨット単独世界一周航海に挑戦していたアメリカ人のアビー・サンダーランド(16)がインド洋上で一時行方不明となった際には、フランス領レユニオン島から3隻の船が救出に向かった。フランスとオーストラリアによる共同救出作業には30万ドルかかったが、フランス外務省の報道官はサンダーランドが自己負担すべきとの考えを退け、「海で遭難した人を救うのは国際的な責務」だと述べた。

 フランスの法案をめぐっては、ジャーナリストや民間の援助活動家にも適用されるかが争点の一つになっている。野党・社会党の議員は、ジャーナリストは法案の対象として明記されていないとしている。一方、ベルナール・クシュネル外相はケース・バイ・ケースで判断するが、誘拐されたり拘束されたジャーナリストに救援費用を請求するとは考えにくいと語った。

 ジャーナリストや援助活動家の仕事に危険が伴うのは明らかだし、彼らを窮地から救うことは公共の利益にかなうと通常は考えられる。昨年8月、ビル・クリントン前米大統領の電撃訪問を受け、北朝鮮が拘束していたアメリカ人記者2人を解放した。彼女たちの救助はアメリカにとって、金正日(キム・ジョンイル)総書記との記念撮影という犠牲を払うに値するものだった。旅行者について、これとは別の基準があるというのは理解できる。アメリカでは、ハイキングで遭難して救助された際の費用が自己負担になることもある。

 とはいえ、何を「不可避の危険」と見なすのかを訴訟によって決めることにでもなれば、救援費用より高くつくのではないか。

──ジョシュア・キーティング
[米国東部時間2010年07月06日(火)15時14分更新]


Reprinted with permission from "FP Passport", 07/07/2010. © 2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、慎重な対応必要 利下げ余地限定的=セントル

ビジネス

今年のドル安「懸念せず」、公正価値に整合=米クリー

ワールド

パキスタン、自爆事件にアフガン関与と非難 「タリバ

ビジネス

今年のドル安「懸念せず」、公正価値に整合=米クリー
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 5
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 6
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 7
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「ゴミみたいな感触...」タイタニック博物館で「ある…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story