コラム

「何でも非公開」の中国は東京都庁に学びなさい!

2013年06月10日(月)09時00分

今週のコラムニスト:李小牧

〔6月4日号掲載〕

 先日、旧友と再会するため18年ぶりに重慶市を訪れた。

 重慶は長江(揚子江)上流にある中国最大の都市だ。人口は北京や上海より多い2900万人。日本人には、昨年スキャンダルで世界を騒がせた中国共産党の政治家、薄煕来がトップを務めた街と言ったほうが分かりやすいかもしれない。

 95年以来の訪問で驚いたのは、街の発展ぶりだ。長江のほとりの地味な地方都市だったが、細長いビルが立ち並ぶ香港のような近代都市に生まれ変わっていた。薄煕来は汚職だけでなく、歌舞伎町案内人も顔負けの派手な女性関係が取り沙汰され失脚した。でも街がこれほど発展しているなら、その政治手腕は捨てたものではない。

 その薄煕来が勤務していた共産党重慶市委員会は、大きくうねる長江に面した深い緑の中にある。建物そのものは、国民党政権時代にあの蒋介石が執務していた歴史あるビルだ。実は18年前に重慶に来たとき、私は大学のレポートを書くために取材したい、と嘘を言ってこのビルに潜り込むことに成功した。蒋介石の執務室だった部屋にも入って、ちゃんと写真も撮った。たまたま同じ湖南省出身だった玄関の警備兵も、私との記念写真に応じてくれた。

 そんな思い出があったから、今回もごく当たり前のようにビルに「潜入」しようとしたら、警備兵にえらいけんまくで怒鳴られた。ビルに入るどころか、玄関の写真を撮ることも駄目だという。まるで虫けら扱いだ。

 やむなくいったん玄関から離れ、道路を挟んでかなり遠いところからこっそり写真を撮った。それでも偉そうな警備兵への怒りは収まらず、おかげで18年前のいい思い出が台無しになってしまった。

 警備が極端に厳しくなったのは、1つには薄煕来事件の影響があるだろう。ただこれは首都の北京でも同じこと。政府機関の付近には警備兵や私服警官がうろうろしていて、のんきにカメラを構える観光客を鋭い視線で威嚇している。

■「人民のために服務する」の嘘

 最高指導者の執務室が集まる中南海には有名な新華門という門があって、そこには「為人民服務(人民のためにサービスする)」と大きく書かれている。ただ警備兵たちの鋭過ぎる眼光を見れば、共産党が本心ではまったくサービスする気がないことがよく分かる。

 あまりにひどい重慶での共産党の対応ぶりに、思わず思い出したのが東京都庁のサービス精神だ。新宿の都庁庁舎は日曜も展望室として市民に開放され、中には売店まで常設されている。
なぜわが中国の政府はこんなに閉鎖的なのか。内部を見せられないのは、中で何かやましいことをやっている何よりの証拠だが、それだけではない。

 中国政府は、自分たちのやっていることにいまひとつ自信がないのだ。オープンにしたとたん共産党に文句を言いたい人民が殺到して仕事にならなくなる、さらには腐敗ぶりを糾弾され、つるし上げられる──。中国のネットユーザーが役人の悪事を暴く「人肉検索」も多発している。彼らが怯えて庁舎に閉じ籠もる気持ちも分からないではない。

 重慶市民はスキャンダルの後遺症などまったく感じさせず、実に快活そうに暮らしていた。インフラの整備も続いている。抗日戦争の拠点だったため反日感情が強いとされているが、日本料理店も繁盛していた。すべてが薄煕来の成果ではないだろうが、自信家だった彼はもし逮捕されなければ、自分の執務室の開放ぐらいやったかもしれない。

 歌舞伎町の「性事家」(笑)にできるのは、東京都庁の開放ぶりをマイクロブログの微博で中国人に知らせることぐらい。ただ小さなさざ波が、大きなうねりになっていつか共産党を変えないとも限らない。

プロフィール

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・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
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・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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