コラム

携帯電話が奪った「いい店探し」の楽しみ

2013年03月18日(月)10時29分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

[3月12日号掲載]

 数週間前、吉祥寺のスタンドバーでくつろいでいたとき、通りで身を寄せ合う2人の若い女性に気付いた。彼女たちは携帯電話の画面を見て、話し合い、路地を眺め、また携帯の画面に戻り、最後にうなずき合って、ようやく小さな飲み屋の並ぶハーモニカ横丁に入ってきた。

 思わずこう叫びたくなった。「早くしろ! 何を怖がっているんだ?」

 東京では、まず携帯電話で情報をチェックしてからでないと、どこにも行けない人がたくさんいる。

 東京人は冒険心を失ったのだろうか。人々は街中の通りで立ち止まり、行く先を決める前に携帯電話で調べる。私の学生もインターネットで確認するまで喫茶店にすら入らない。

 そうすることで選択肢が多過ぎる東京の生活が楽になるのだろう。ネットに載っている店の写真と紹介文を見て、安心するのだと思う。でもラーメンを食べる前に小さな画像で確認しておけば、よりおいしくなるのだろうか。私は出たとこ勝負のほうが好きだ。

 東京の圧倒的な現実を携帯の画面サイズに圧縮すれば、扱いやすくなるかもしれない。でも都市生活はすべて用意周到に計画されたものになる。すべての情報がネットで手に入れば混乱はなくなるだろうが、謎と魅力も失われる。映画の本編の前に詳し過ぎる予告編を見るようなものだ。事前に筋書きが読めてしまう。

 私は初めて東京に来たとき、店の外のメニューを眺め、ドアから店内をのぞき込んで、いい店かどうか判断した。完璧な方法ではなかったけれど、当時運よく見つけた店は今もお気に入りだ。ネット時代以前の昔の東京では、店は自分でたまたま見つけるか、友人に連れて行ってもらうかのどちらかだった。そこには常に人間同士のつながりがあった。

 でも今の東京は、まるでネットの世界に再構築された都市のようだ。店の中に入って何を見るか、何を食べるか、何を買うか、何を感じるか、ネット上であらかじめ知ることができる。
そんな東京ライフは、団体旅行に似ている。小さな旗を掲げた添乗員の代わりに、携帯電話に従うのだ。

■「リアルな」出会いを求めて

 もしかすると私が気にし過ぎなのかもしれない。東京には選択肢が多過ぎて、すべての場所には行けないのだから、慎重に選んだほうがいい。でも人々が直感に従うことをやめ、自発性を失ったら、東京は徐々に「バーチャル広告」に近づいていくだろう。

 最近のネットを使った店探しは簡単過ぎる。誰かに「この店、どうやって見つけたの?」と聞かれて、「以前、何げなく入ってみたんだ」と答えるときは、ちょっと誇らしくなる。個人的な努力と小さなリスクを冒すだけで、店探しはもっと意味のある「自分だけ」の経験になる。

 もちろん、失敗してひどい目に遭うのは嫌だが、逆にネットでは見つからない、予想外のいい店に出会うこともある。携帯をバッグの底にしまって当てもなく歩き回り、出会った店に入ってみる。これは東京に暮らす最大の楽しみの1つだ。

 既にネットに情報を載せない店も登場している。評価されるのが嫌なのではない。評価をうのみにして来る客が嫌なのだ。中央線沿線にある私のお気に入りのバーやレストランは、友人の紹介か前情報なしにやって来る客しかいない。いずれ東京はネットで探せる場所と、人のつながりを通して見つかる場所に二分されるかもしれない。

 やがては東京のあらゆる情報がネット上に再現されるだろう。でも「リアルな」東京は常に予測不能な場所であり、自発的な行動を通じて魅力的な場所にたどり着ける街であり続けるはずだ。ここではどんなに綿密な計画を立て、よく知っているところを歩いているつもりでも、未知との出会いを体験できる。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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