コラム

尖閣騒ぎを大きくした真犯人は誰だ?

2012年09月17日(月)09時00分

今週のコラムニスト:李小牧

〔9月12日号掲載〕

 路上だけでなく、大通りに面したあらゆるビルから人々が熱狂的な声援を上げる──。思わず、文化大革命を発動した毛沢東が天安門広場に100万人の紅衛兵を集め、接見したときの様子を思い出した。ただ、私が今回目にしたのは文革のような政治運動ではない。ロンドン・オリンピックから帰国した日本人選手たちの銀座パレードだ。

 銀座の沿道に集まったのは50万人。熱狂的という点で2つの「集会」は似ているが、中国人が声援を送ったのは、後に国中を大混乱に陥れた指導者。一方、日本のパレードの主役は平和の祭典でメダルを獲得したヒーローやヒロインたちだ。もちろん時代も国の事情も違う。だから、これで平和的な日本が優れていて、政治運動に狂った中国が劣っているなどと言うことはできない......はずだった。

 そんな折、先日の尖閣諸島への香港活動家の上陸騒ぎをきっかけに、中国全土の20都市以上でデモが行われた。興奮した一部の参加者は日本料理店のガラスを割ったり、日本車をひっくり返す暴力行為に及んだ。

 勘違いしないでほしいが、私はデモそのものに反対しているわけでない。正常なデモは民主主義の基本だし、あの中国憲法でさえデモの自由を認めている。たとえそれが「反日」であっても、平和的に自分たちの政治的主張を訴えるデモを私は支持する。ただし暴力は別だ。

 今回のデモで特徴的だったのは、かなりの横断幕に毛沢東の肖像が描かれていたこと。文革のときに全土で暴力を振るった紅衛兵を気取っていたのかもしれない。まったく無関係な日本車や日本料理店(しかも所有者は中国人だ)を壊して気勢を上げるなんて、歌舞伎町のヤクザでもそんな恥ずかしいことはしない。

 ただ、もちろん今回の問題は中国人だけが悪いわけでもない。尖閣諸島を買うと突然ぶち上げた石原慎太郎都知事や、それを聞くと慌てて国が買うと言いだした民主党政権にも、不必要に中国人の怒りをたき付けた点で責任がある。

■知日派が果たすべき「責務」とは

 政治家だけではない。騒ぎの直前には、ジャーナリストも不必要に中国人の怒りを買った。その1人が、在日中国人の先輩で保守系メディアに寄稿する石平(シー・ピン)氏だ。

 石氏は産経新聞に書いた「『尖閣開戦』できない 中国海軍、日本の海保・海自に及ばず」というコラムの中で、中国の軍人が「今の中国海軍は日本の海保、海自の実力に及ばない」と発言したことを受けて、「今の中国政府は(中略)本格的な強硬姿勢はなかなか取りにくい。日本にとってチャンスはまさに今なのである」と、日本人をたき付けた。

「日本にとってチャンス」──中国の不利を利用して日本が戦争を仕掛けるべきだ、とも読める内容だ。中国を忌み嫌う日本人の留飲を下げること請け合いのこの記事は、案の定中国人ネットユーザーの怒りを買った。今回のデモ参加者の中には、石氏の記事の中国語訳を読んだ人もいたかもしれない。

 今回の騒動後、中国のマイクロブログで、あるユーザーは私に「在日中国人は釣魚島(尖閣諸島の中国名)に上陸した右翼議員に抗議デモをせよ!」と呼び掛けた。

 私はもちろんデモの自由は否定しないし、必要があれば参加もする。ただ在日中国人こそ、この問題の最大の被害者だ。トラブルになれば、せっかく日本に留学した学生の就職先は減る。両国の実情を誰より知るわれわれ在日中国人がデモをしないことが、この問題の本質を何より物語っている。要は日中ともに、実際の生活には何の関係もない人々が暇つぶし的に、あるいは自分の政治的利益のために騒いでいるだけなのだ。

 尖閣諸島を「世界人民が誰でも上陸できる大『風俗島』にせよ!」というデモなら喜んで参加するが(笑)。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は反落、一時700円超安 前日の上げ

ワールド

トルコのロシア産ウラル原油輸入、3月は過去最高=L

ワールド

中国石炭価格は底入れ、今年は昨年高値更新へ=業界団

ワールド

カナダLNGエナジー、ベネズエラで炭化水素開発契約
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story