コラム

「黒い制服」を脱いで東京を明るく照らそう

2012年05月07日(月)14時00分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

〔5月2/9日号掲載〕

 4月になると、東京は色とりどりになる。桜が咲き誇り、若い枝や新芽が街を緑に染める。東京はもともとカラフルな街ではなく、建物は黒っぽいか灰色かくすんだ白が多い。だが春の訪れとともに自然が自己主張をして、東京に色を塗る。

 ただし、東京人は色を塗られまいと抵抗する。私の勤務する大学の入学式では、大学生活の始まりに意気込む新入生の黒い海が広がっていた。4月の初めは学生だけでなく新入社員や、子供に付き添って学校に行く母親もみんな黒を着る。街全体が哀悼の意を表しているかのように。気持ちの高ぶりや新しいスタートを表現したいときに、私なら黒だけは着ない。

 春だけでなく一年中、東京は黒を着る機会が世界で最も多いに違いない。月曜日の朝の通勤電車はブラックホールだ。東京中のクロゼットに、黒い服がぎっしり詰まっているのが目に浮かぶ。黒を着る訓練は幼い頃から始まる。ほとんどの学校の制服は黒か、黒と変わらないくらい濃い紺色だ。

 まるで喪服だが、これは不思議でもある。服以外では、東京人は色が大好きに思えるからだ。ピンクと白の中に座り込んで花見を楽しみ、窓辺の植木鉢に赤や黄色の花を植え、携帯電話を鮮やかに飾り立て、髪を黒以外に染める。それなのにどうしてこれほど多くの東京人が毎朝、今日も黒で行こうと思うのだろう。 黒はまじめな色で、東京はまじめな街だ。黒を着ることは決意表明にもなる。全身黒ずくめでは冗談を言おうにも、まじめに見え過ぎて至難の業だ。

 私も教授会の日は、黒いシャツやパンツ、ジャケットを選ぶことが多い。50人の教授に囲まれて、ライム色のシャツを着た私の話に誰が耳を傾けるだろうか。 黒は手軽で万能でもある。黒に黒を合わせればどんな場面にもふさわしい。状況が目まぐるしく変わる東京の毎日に、黒は都合が良い。堅苦しい会議も気軽なランチも、食料品の買い物も、フランス料理店も屋台も、黒を着ればそれなりに見える。 東京のタフな1日の始まりに、黒は鏡の中から励ましてくれる──「今日も大丈夫、何が起きても黒を着ているから! 準備万端!」。

 東京の黒とアメリカの黒は違う。アメリカでは黒ばかり着ていると、一生懸命過ぎると思われる。一方で、アメリカの黒は個性を表現するクールでシックな色にもなる。しかし東京の黒は個性を覆ってみんなの中に溶け込みやすくする色だ。東京の黒をアメリカで着たら、家族に不幸があったのかと聞かれるだろう。

■「カラービズ」で節電効果?

 もちろん、黒が東京を完全に征服しているわけではない。週末の小旅行にはカラフルな色で繰り出す。リタイアした人や若者のリュックやスニーカーは鮮やかな色を奏でる。東京でも夏は黒が減る傾向にあり(黒は熱が籠もるからだとしても)、多くの人が白に着替える。

 黒はいつから東京の「公式色」になったのだろう。昔の東京人はもっと明るい色を着ていたのではないか。江戸時代の着物やは今より明るく、バラエティー豊かで、人々は冒険的な着こなしを楽しんでいただろう。 去年は確かに黒を着る理由がいろいろあった。地震と津波と放射能という三重の災害があり、不景気の真っただ中だった。ただし、色は気持ちまで変える。ピンクや黄色のシャツを着れば元気が出る。色は内面の感情を表すだけでなく、外の世界に対する感情も変えるのだ。

 クールビズの代わりに「カラービズ」はどうだろう。カラフルな服の需要が増えれば景気を刺激するかもしれない。明るい色が増えれば、街が明るくなって節電にもなりそうだ。東京人が黒をあまり着なくなれば、街の気分が大きく変わり、私のライム色のシャツもあまり目立たなくなるだろう。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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