コラム

駅前も道路も上へ上へ―浮揚する東京の街―

2011年06月27日(月)08時00分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

〔6月22日号掲載〕

 道に迷うのは嫌いじゃない。長年外国で過ごしてみて、大都会で迷子になるのはたまらなく楽しいと感じるようになった。地図と、今なら携帯のナビさえあれば、どこかで迷っても何とかなる。

 ただし東京は例外だ。ほかの都市と違って、地図やGPSだけでなく高度計が欲しくなる。普通なら「平面」上での位置関係が分からなくなるものだが、東京では高低も加わった「3次元」の空間で迷子になってしまう。

 ニューヨークやロンドンでは、自分が地上にいるのか地下にいるのかは常に把握できる。しかし東京では、どこが「地面」なのかがよく分からない。ビルや駅から外に出たと思ったら、地下のトンネルだったり通りを見下ろす遊歩道だったり、デパートの3階だったりする。

 地下鉄の駅は普通、階段を少し下りた程度の深さにあるものだが、東京では大江戸線のようにかなりの深さまで下りなければならない路線もあれば、銀座線の渋谷駅のように3階にホームがあることも。下に行くために昇ったり、上に行くために降りたり。白い手袋をしたエレベーターガールが常に付いてきて、今は何階にいるか教えてくれたらどんなにいいだろう。せめてそんな携帯のアプリが欲しい。

 最近は建物ばかりか、通りまでが2階に移動しつつある。都内の大きい駅を出ると、たいてい2階に造られた新しいコンコースにつながっている。そこには店舗やレストランが並び、ベンチや緑地が設けられている。バスやタクシーの乗り場はその下の地上にあり、歩道橋を渡らなければ下りられない。

■「新宿2丁目」が「新宿2階」に

 新宿駅南口前は、まさにそんな2階式構造だ。南口から出るたびに私は考える。電車が走っているのが地上なのか? となると改札正面の甲州街道は2階ということ? レストランやイルミネーション、オフィスのロビーを横目に歩き続けた末に、ようやく自分が新宿にいると実感できる。そのうち新宿の町全体が2階建てになって、番地も「新宿2丁目」ではなく「新宿2階」などと表示されるようになるかもしれない。

 大半の人は地面に触れていなくても平気かもしれないが、私はいつも地面との位置関係を把握したい。重力を感じたくてたまらないのだ。東京人は無重力状態に慣れた宇宙飛行士のように、どんなに地面から離れても快適に過ごせるらしい。人が多い上に店舗などをもっと増やすとなれば、街が上へ上へ伸びていくのはやむを得ない。でも私は、地面を歩くほうが安心する。

 美意識としても、地上に広がる街のほうが好きだ。かつて品川駅周辺にはごちゃごちゃと入り組んだ路地に古い飲食店が並んでいたが、今はしゃれた明るい遊歩道が整備されている。2階式構造の街路ができると、その下にある地上は忘れられ、タクシーやバス乗り場しかない排ガスまみれの暗いエリアになってしまう。とはいえ、しゃれた遊歩道に一杯飲み屋は似合わない。ディズニーランドに似合わないのと同じだ。

 東京の人々は混沌とした現実を離れて、高く浮揚する感覚が好きなのだろう。床が少し高くなっている日本家屋の玄関で、来訪者を見下ろして話すのに似ている。「高み」からの視点も時には必要だが、私にはむしろ街の実像から目をそらしているように思える。その点、地上にいれば地に足の着いた本物の暮らしがいつでも味わえる。

 東京では人々の生活の場の上にさらに生活の場が造られ、いずれは2階だけでなく3階、4階が生まれるだろう。それは贈り物を包装紙で何重にも包む習慣に似ている。包装紙を1枚ずつ剥がして最後に出てくる贈り物のように、ようやく地上にたどり着いたときには、なおさら居心地のいい場所に感じられる。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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