コラム

米政府の個人監視に逆らえないテクノロジー企業

2013年06月15日(土)16時36分

 やはり、これはもう自衛するしかない。

 ここ1週間、アメリカを騒がせている米国家安全保障局(NSA)による個人情報収集問題に関するメディアと政府、そしてテクノロジー企業の動きを見て、そう決めた。

 この問題は、NSAがアメリカの複数のテクノロジー企業の協力を得て、電子メール、チャット、ビデオ、写真、送信ファイル、保存データなどの個人情報を入手していたという問題だ。『プリズム』という名前の強力なシステムを走らせて、保存された情報と共に生のやり取りもまですべてが秘密裏に監視されていた。

 協力した企業は、マイクロソフト、グーグル、ヤフー、フェイスブック、スカイプ、AOL、アップルなどで、各社は2007年から次々とこのプリズムに組み込まれてきたようだ。

 現実にプリズムがどういうしくみになっていたのかは、まだ明らかではない。当初は、各社のサーバーにNSAが自在にアクセスできるようにも報じられたが、実際にはそれよりは限定的であったとみられている。サーバーの中に設けられた特別閲覧室のような部分から監視ができたという説もあれば、情報は電子的に送信されたという説もある。NSA側に作られたFTPサイト(ファイル共有サイト)を介して送受信されたとも言われる。

 それはともかく、確かなのは、今回のできごとがテクノロジー企業に対して不信感をいだかせるのに十分だったということだ。不信ということばが強過ぎるのならば、注意を喚起させると言い換えてもいい。いずれにしても、こうした工作から逃れられないテクノロジー企業のあり方を意識せざるを得ないのだ。

 英ガーディアン紙とワシントンポスト紙によって最初にこの個人情報収集問題が報じられた時、各社はそれぞれに「そんなことはあり得ない」、「プリズムなど聞いたこともない」、「ユーザーのプライバシーを何よりも大切にしている」といった反応を見せた。

 後になってわかるが、何のことはない。このプログラムそのものが極秘情報のため、存在自体が隠されてきたのだ。上院の国土安全保障・政府問題委員会に属する議員ですら、知らなかったという。情報提供に際して、令状は秘密法廷が発令し、通常の捜査令状とはまったく異なった手続きが用いられた。関係者は他言を禁じられた。

 最初のニュースが報じられてから1週間近く経って、数社がそのプログラムの存在を間接的に認めるような発言を始めた。グーグルやフェイスブックが、「サーバーへの直接アクセスを許したことはない」といった表現で、NSAにそこまで完全に従順しているわけではないと、世間の印象を覆そうとした。さらにその後、グーグル、フェイスブック、マイクロソフトが個人情報提供の詳細について公開できるよう、司法省に申し入れたと報じられた。つい昨日までその存在を否定していたテクノロジー企業が、翻って情報開示に努力する姿を演出しようとしているように見える。

 情報開示については、ユーザーを混乱させることがもうひとつある。それは、グーグルなどが、これまでも「トランスペアランシー(透明性)レポート)」として、政府関連組織から要請のあった情報提供件数を公開してきたことだ。こんな情報開示を目にすれば、ユーザーなら誰でも、政府の個人情報収集の動きを知ることができたと思い、またそれを明らかしているテクノロジー企業の透明性に好感を抱いたはずだ。

 ところが、今回のできごとで、この情報開示にはプリズム・プログラムによる個人情報収集は含まれていなかったということがわかった。「透明」と言いながら完全には透明でなかったことは、かえって不信感につながってしまう。

 フェイスブックは金曜に「わが社が最初に情報を明らかにすることを認められた」と、ある程度の数字を公開した。そのリリースによると、昨年後半の6カ月で政府関連機関から受けた情報提供の要請件数は9000から1万件で、それは1万8000から1万9000個のユーザーアカウントに関するものだったという。

 リリースは、「わが社はこれからも、ユーザーの個人情報を不当な政府の要請から守り、政府関連組織により透明性を求め続けます」と締めくくられている。だが、もしテクノロジー企業が本気でそう努めても、残念ながら実際にそうすることは無理だろう。企業は、こうした要請に逆らうと、違法行為と見なされて営業停止の措置をも受けかねないからだ。

 たとえ今回の事件によって、こうした秘密の監視体制が全面的に見直されたとしても、テクノロジー企業が個人情報のデータを生み出し続けている限り、それが監視され、人々のプライバシーを侵害する危険性はつきまとうだろう。だからユーザー個人個人が、自分が書き込む情報により注意深くなる以外に自衛手段はないのである。

 ところで、このNSA 問題は日本人にとって決して対岸の火事ではない。プリズム・プログラムで対象にされたのは、他でもない(米国から見た)外国人ユーザーの個人情報である。日本人ももちろん含まれる。外国製品を使っていたら、その中に盗聴装置が仕組まれていたようなものだ。「テロには無関係」、「悪いことは何もしていない」と思うかもしれないが、監視されること自体が自由の束縛の始まりと意識することが重要だ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸、円安が支え 指数の方向感は乏しい

ビジネス

イオンが決算発表を31日に延期、イオンFSのベトナ

ワールド

タイ経済、下半期に減速へ 米関税で輸出に打撃=中銀

ビジネス

午後3時のドルは147円付近に上昇、2週間ぶり高値
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワールドの大統領人形が遂に「作り直し」に、比較写真にSNS爆笑
  • 4
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 7
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 8
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 9
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 8
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 9
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story